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先日の大塚史学の記事の関連でカルヴァンに興味があったので読んだが、伝記文学の傑作である。今は絶版だが、ツヴァイク全集は電子版で出してもいいかもしれない。

カルヴィニズムが資本主義を生んだ、という『プロ倫』の物語はよくできているが、今では文学的価値しかない。しかしファーガソンが「ウェーバーは誤った理由で正しかった」というように、プロテスタントが資本主義を生んだというのは、別の意味で正しいことがわかってきた。
それを象徴するのが、本書のテーマである権力=カルヴァンと良心=カステリオンの対立である。カルヴァンはフランスからカトリック教会の弾圧を逃れてスイスに亡命し、ジュネーブで教会の指導者になる。そして政治の実権も握ると、彼の教義を批判する者を弾圧するようになり、三位一体説を批判したセルヴェートを火刑に処すなどの恐怖政治を行なった。

これに対してバーゼル大学の神学者カステリオンは、異端者を処刑するのはかつてカトリック教会が行なったのと同じであり、カルヴァン自身もかつて否定した、と彼の『キリスト教綱要』を引用して強く批判した。これはカルヴァンにとっては大きな打撃となり、彼はカステリオンを中傷する怪文書を大量に印刷したり、政治権力を使ってバーゼル市にカステリオンの引き渡しを求めたりする。

しかし当時の都市国家の独立性は強く、バーゼル大学も自治を守ったため、カステリオンはカルヴァンに対して礼儀正しく反論し、論争の疲れから病死する。この論争を読むと、カルヴァンはプロテスタントとしての「内面の自由」を尊重するどころか、自分の教義への批判をいっさい許さず、カステリオンを「悪魔」などと罵倒する激しさで、ほとんどヒトラーやレーニンを思わせる。

だがカルヴァンがこのような規律社会をジュネーブに建設し、異端者を暴力で排除してドイツやオランダにプロテスタントを増やし、宗教戦争に生き残ったことによって宗教改革は成就したのだ。ロシア革命でいえば、ルターはケレンスキーのようなもので、カルヴァンというレーニンがいなければ、ヨーロッパ人の生活を変える「革命」は起こらなかっただろう。

資本主義をヨーロッパに生んだ原動力は予定説の教義ではなく、このように強い規律で結ばれ、自分たちと信仰を共有しない民族を人間とも思わないカルヴァン的な不寛容だった。彼らにとっては新大陸の人々は獣と同じであり、神を信じないアジア人も征服の対象でしかなかった。フーコーも指摘したようにもともと公教育は兵士の養成機関であり、株式会社は植民地投資のためのリスク分散システムだった。

そうして収奪した莫大な資本によって、イギリスに初めて資本主義が生まれた。まさにマルクスが直感していたように、「資本は頭のてっぺんから足の先までのあらゆる毛穴から、血と油を滴らせながらこの世に生まれてきたのだ」(『資本論』第24章)。だから世界の多くの人が資本主義をきらうのは当然だが、それをやめた国は一つもない。その生み出す富があまりにも大きいからだ。

いつの時代にも、カステリオン(あるいはその師であるエラスムス)のように権力者の不寛容を批判し、多くの人々の自由を認め、社会を民主的に運営せよと論じる知識人はいるが、彼らが世の中を動かした試しはない。むしろワンマン社長が暴力的な経営をする企業が高い業績を上げる傾向が世界的に強まっている。それは資本主義が本質的に暴力装置だからである。

こういう問題も合宿で議論したい(まだ少し席はあります)。