昨夜の言論アリーナは「異次元緩和の問題点」。最初からマニアックな視聴者しか想定しない番組だったが、1200人を超えるアクセスがあった。おそらく日銀の金融政策についてアカデミアと現場のプロがここまでていねいに説明したことはないだろう(テクニカル)。

放送のあと近所のバーでちょっと話したが、2人とも嘆いていたのは「こんな金融の細かい話が政治の争点になるのは不幸だ」ということだった。マネタリーベースとマネーストックの違いなんて、普通は経済学部の大学院生ぐらいしか知らない話で、政治家が理解できないのはしょうがない。自然科学でいえば素粒子論みたいなもので、普通は知る必要のない世界だ。

ところがアベノミクスを理解するには、この面倒な話を避けて通れない。私もワイドショーで説明したことがあるが、「物価はカネの量で決まるんだから、日銀が景気よくカネをばらまけばデフレなんか終わる」というリフレ派の話は30秒でわかる(ような気になる)が、「いや、そんな簡単な問題じゃないんです」という私の話は最低5分ぐらいかかり、ほとんどの人はわからない。

これは経済学が物理学と違うところで、素粒子論がわからなくても日常生活には何の支障もないが、日銀がリフレの「人体実験」をすると大きなリスクがある。おそらくそれをもっとも実感しているのは黒田総裁だろう。かつて「2年で2%」と言っていたインフレ目標の期限は彼の話から消え、代わりに出てきたのは「消費増税を延期したら国債にリスクプレミアムが乗って長期金利が上がる」という警告だ。

これは、いわゆる出口戦略の問題とからむ。ここまで日銀が大量に国債を買ったら、もう売れない。日銀が国債を売ると、暴落の引き金を引くおそれがあるからだ。ゆるやかに金利が上がる程度ならまだいいが、たとえば中国バブルが崩壊して世界的な資金不足が起こったら、長期金利が10%以上になる可能性もある(歴史的にはいくらでも前例がある)。

そうなると日銀は債務超過になり、円の信認が失われ、物価が数倍になる・・・というハードランディングのシナリオは十分考えられる。政府が本来やるべきなのは、そういう危機管理である。もはや問題は、金融ではなく財政なのだ。その意味では、よくも悪くも財務省出身の黒田総裁は(リフレ派の期待に反して)そう無茶なことはしないだろう。