BLOGOSメルマガがリニューアルされ、内容の一部がプレビューできるようになった。アゴラ経済塾や読書塾と連動して、ブログより質・量ともに多い(毎週8000字程度)。本の連載も兼ねているので、読者のみなさんの意見も参考にして、改良していきたい。今週号の後半の一部はこんな感じ:


第2部 リスクをビジネスに活用する方法(5) エピステーメーとテクネー

タレブの"Antifragile"は、ポパーを高く評価しています。日銀の黒田総裁も、ポパーの愛読者だそうです。私の学生時代には、駒場の科学哲学ではクーンやファイヤアーベントが大流行で、ポパーは「死んだ犬」みたいな扱いでした。私も『歴史主義の貧困』や『開かれた社会とその敵』を読んで、そのマルクス理解の古くささにうんざりしました。

科学方法論としても、彼の反証主義は「科学が仮説と実験で客観的知識に近づくという時代遅れの進歩史観だ」と批判を浴びていました。経済学をみても、10年以上にわたって反証されたリフレ派が日銀を乗っ取ってしまう現状をみると、科学とは宗教のようなものだというクーンの理論のほうが説得力があります。

いま思うとこの扱いはポパーに不公平で、彼の主な敵はウィーン学団に代表される論理実証主義でした。いまだに西内啓氏のような専門家でも「統計学は原データから帰納して法則を導き、計量経済学はその理論から演繹する」という素朴な論理実証主義を信じているようだから、「帰納という手続きは論理的に存在しない」というポパーの批判も、まだ意味があるのかもしれない。

taleb

タレブが重視するのも、このようなポパーの「進化的認識論」で、近代科学の方法論とantifragileな方法論は、上のような表であらわされています。ギリシャ語で言うと、左側がエピステーメー(知識)で右側がテクネー(技術)で、両者が結びついたことが西洋の成功の原因でした(表は見づらいのでAntifragileの第14章参照)。

テクネーの重要性はハイデガーも強調するところで、産業革命が(技術がはるかに進んでいた)中国ではなく西洋で生まれた原因は、このように自然を対象化して改造する方法論でした。左側のエピステーメーは、それを制度化した結果論にすぎない。実際のイノベーションのほとんどは、学問ではなく試行錯誤で行なわれたのです。

その典型が医学で、ニュートン力学のような系統的な理論はなく、ほとんどの治療や薬品は試行錯誤による多大な犠牲で生み出されてきました。麻酔などは、いまだになぜきくのかよくわからない。タレブは「長い歴史をみると、医学によって救われた人より殺された人のほうが多い」といっています。

しかし医学が制度化されるにつれて、大学病院のような学問的ヒエラルキーが医学を支配するようになり、医学教育に多額の経費が費やされるようになりました。しかしこうした教育の効果は疑わしく、タレブも引用しているPritchettの行なった世界銀行の調査では、高等教育は経済成長にまったく寄与していない。

どこの国でも偏差値の高い学生が医学部に行くのは社会的な浪費で、ごく一部の先端医療を除いて、医師には高度な科学的知識は必要ない。それより臨床的な実践から学ぶ試行錯誤のほうが重要だ、とタレブは批判しています。Antifragileなイノベーションを生み出すには、大学という「知の形」を創造的に破壊しなければならないのでしょう。


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