主役はダーク 宇宙の究極の謎に迫る昨年、ほとんどの人が理解していないのに大ニュースになったのは、「ヒッグス粒子」の確認だった。これで物理学の標準模型は完成し、物理学者の仕事はなくなった、などと書いたメディアもあったが、これは大きな間違いである。標準模型で説明できる素粒子の質量は、全宇宙の4.6%しかないのだ。では残りの95.4%は何でできているのだろうか?

これが本書のテーマであり、著者は東大理学部で天文学を研究する専門家だが、答は簡単である:まったくわからない。

正確にいえば、そのうち23.3%はダークマターと呼ばれ、残りの72.1%はダークエネルギーと呼ばれているが、それはどういう物質なのか(あるいは物質なのかどうかも)わからない。著者もいうように「申し訳ありません。宇宙の大部分は何でできているのかという重要な問題の答は、暗くて正体不明のもので占められているという程度しかわからないのです」。

ダークマターについては、一時その正体はニュートリノではないかという説もあったが、これは棄却された。ダークエネルギーについては、質量も重力もなく、万有斥力をもつらしいという面妖な性質だけがわかり始めている。これは万有引力とは逆に他の物質をはねつける力という不自然な概念だが、それを仮定しないと宇宙が加速度的に膨張しているという事実(これは観測で証明された)が説明できないらしい。

こういう変な物質を無理やり考え出す以外の論理的な解決法は、重力が距離の2乗に反比例するという万有引力の法則が全宇宙で必ずしも成り立たないと考えることだ。そもそもこの広い宇宙で、まったく同じ法則が普遍的に成り立つ必然性はないし、引力が100億年以上にわたって定数である論理的根拠もない。著者もいうように「科学者が物理法則と呼んでいるものは、本質的には宗教で神と呼ばれているものと同一なのではないか」。

私は、この結論に賛成である。宇宙が一つの普遍的な法則に永遠に支配されているというのはキリスト教の信仰であり、それがすべての物理現象に(今のところ)当てはまるのは、単なるまぐれ当たりである。逆にいうと、無数にありうる宇宙の中で、たまたま法則性のある一様な宇宙だけでそれを認識する生物が生まれた、という自明の理(人間原理)である。

こう聞くと、あらゆる自然科学の中でもっとも完璧だと思われている物理学も、実は穴だらけだとわかって、いつもバカにされている経済学者は溜飲が下がるのではあるまいか。近代科学は、キリスト教の世俗化した信仰にすぎない。特に人間社会の出来事はそういうメカニカルな法則では説明できないので、古典物理学をモデルにして社会を考えるのはもうやめるべきだと思う。

こう紹介するとむずかしそうだが、本書はこういう物理学の最前線の混乱した状況がユーモラスに書かれていて、ゲラゲラ笑いながら読める。