バースト!  人間行動を支配するパターン私が「ハイパーインフレは起こりうる」というと、高橋洋一氏のように「インフレ目標は2%だ。現状マイナス1%のインフレ率を2%にしようとすると、30%のインフレになるとは誰が考えてもおかしい」と反論する人がいるが、これは「2%を目標としているのだから2%で収まるはずだ」という願望を反復しているにすぎない。

ノア・スミスも認めているように、リフレによってハイパーインフレが起こる可能性はある。それはすべての物価が一様に暴騰する現象ではなく、長期金利の暴騰→インフレ→円安→資本逃避→債券の暴落→・・・というループで起こるインフレスパイラルである。

通常は金利上昇→投資家の債券購入→金利低下という負帰還(negative feedback)が働いて金利は安定するが、金利が果てしなく上がるという予想が強まると、金利上昇が債券の売却をまねいてさらに金利が上がる正帰還(positive feedback)が発生することがある。これがミンスキー・モーメントと呼ばれる「相転移」である。

このような非線形の現象は、社会現象ではそれほど珍しくない。本書もいうように、人間の脳はもともと非線形のメカニズムで動いているので、人々が集まると恐怖が恐怖を呼ぶ正帰還が起こりやすい。その典型が2008年の金融危機である。CDSの価格が暴落し始めたとき、2%の下落で止めることはできない。

このような「ブラックスワン」は、いつ起こるかわからないが、必ず起こる。本書も示すように、バーストの起こる確率は事後的にはほぼ一定で、例外はない。ロゴフが過去800年の財政破綻の歴史を総括していうように、誰もが「今回だけは違う」とか「わが国では起こらない」とか思うが、破綻が起こると予想されているときは必ず起こるのだ。

他方、相転移が起こるまでは日銀がいくら量的緩和を拡大しても何も起こらない。この点で岩田規久男氏などが「レジームチェンジが起こらないとインフレにならない」というのは正しい。問題は「危ない」と思ったとき、引き返せるのかということだ。

通常の資金需給によるインフレなら、日銀が政策金利を上げれば止まるが、正帰還に入ったときは債券売りを促進してさらに金利を上昇させてしまう。むしろ金融システムの崩壊を防ぐために日銀が流動性を供給することが必要になろう。このとき、日銀は保有資産を売却しなければならない。

ここで問題なのは、池尾和人氏の指摘するように、日銀の保有しているリスク資産が金利上昇で巨額の損失を出すことだ。これを埋めるためには一般会計から補填するしかないが、その財源は国債を発行しなければならない・・・という悪循環に陥る。日銀が債務不履行に陥れば、日本経済は完全に崩壊する。

イメージとしてわかりやすくいうと、こういうことだ:湖に厚い氷が張っていて、沖まで行かないと魚が釣れないとしよう。ある所まで来ても大丈夫なら、あと1cm先に行っても大丈夫だろう、氷が割れ始めたら引き返せばいい――と思ってもそうはならない。「危ない」と思って引き返そうとしたときは、湖の氷がすべて割れてしまうのだ。これが非線形の現象である。

麻生財務相は、金利上昇のリスクを覚悟した上で限界を試そうとしているようにみえるが、これは引き返せないリスクを考えていない。国民生活を巻き込むギャンブルを行なうなら、少なくとも金利上昇のリスクを定量的に評価した上で、失敗したら内閣が総辞職する覚悟で行なうべきだ――本当にハイパーインフレが起こったら総辞職ではすまないが。