一昨日の記事で「現代の動学マクロ経済学には、通貨供給量という変数は出てこない」と書いたら、学部レベルの「どマクロ経済学」しか知らない人々が驚いたようなので、少しくわしく説明しておこう(テクニカル)。

金融調節を金利で行なうべきか通貨供給で行なうべきかという問題は、「ケインジアン対マネタリスト」の長い論争があるが、今では理論的にも実務的にも決着がついている。DSGEの古典とされるWoodfordは「基本モデルでは現金を考えない」と宣言し、その根拠としてWicksellの次の言葉を引用している。
A state of affairs in which money does not actually circulate at all, neither in the form of coin (except perhaps as small change) nor in the form of notes, but where all domestic payments are effected by means of bookkeeping transfers.
新古典派の世界では貨幣的な摩擦がないので現金は必要なく、取引はすべてクレジットによる会計上の移転で決済される。したがってWoodfordの物価水準決定式には、通貨供給量が出てこない。



ここでptは均衡物価水準、αは中央銀行の調整関数(テイラールール)、rは自然利子率、iは実質金利で、Etはその予想である。中央銀行は金利で物価を調整するので、通貨供給量(マネーストック)はこうした調整の結果として決まる従属変数である。

DSGEでは、潜在GDPは価格が伸縮的に動いた場合の均衡水準で、不況は価格の硬直性による一時的な不均衡状態と考える。通貨供給はその調整をスムーズにする手段であって、目的関数ではない。通貨供給量が意味をもつのは、金融危機のように現金制約があるときに限られる。この場合は中央銀行が資金繰りを支援する必要があるが、これは一般的な金融調節とは別の問題である。

実務的にも、中央銀行はテイラールールのような金利調節ルールで物価をコントロールしており、通貨供給を目的関数とはしていない。古い教科書では、いまだに通貨供給を動かすIS-LMモデルを使っているが、ジョーンズの教科書ではIS-MPモデルを使っている。これは図のように中央銀行が実質金利を調節するもので、金融実務の実態に近い。
is-mp
LM曲線は通貨供給が一定で金利が変動した場合の均衡状態をマッピングしているが、MP曲線では金利が一定となるようにマネタリーベースを調節する。図のように金利をiからi'に下げると、GDPがYからY'に上がるが、ゼロ金利の下限にぶつかると、それ以上いくら通貨供給を増やしても金利は下がらないので、GDPは増えないしインフレにもならない。

MP曲線は実質金利だから、理論的にはインフレ予想を起こせばマイナスにすることも可能だが、そのためにはインフレを起こさないといけない・・・という悪循環に入ってしまう。この状況で日銀が量的緩和しても意味がなく、「インフレにするぞ!」と宣言してもそれを信じる人はいない。安倍氏が首相になって「200兆円の国債を発行するぞ!」と宣言したらインフレが起こるだろうが、それは金融政策ではない。