青木昌彦氏から「空気」というのは曖昧だという批判をいただいたので、今週のメルマガに書いたことを少し学問的に書き直しておこう(テクニカル)。

山本七平の「空気」の概念は、彼自身も定義していないし、それがなぜ日本人を拘束するのかを理論的に説明しているわけでもない。丸山眞男の「古層」とか「執拗低音」というのも似たような概念だが、彼もなぜそれが古代から日本人に共有されてきたのか、という問題にはまったく答えていない。

「空気」をゲーム理論でいう共有知識(common knowledge)と考えると問題を理論的に扱える、というのが私の作業仮説である。これは他人も私も同じことを知っていることを私が知っていることを他人が知っている・・・という無限階の知識で、以前の記事でも書いたように集団行動を考えるとき重要だ。

単にみんなが同じことを知っているというだけでは、相手がどういう行動をするかが予測できない。厳密にいうとAumann-Brandenburgerが証明したように、ナッシュ均衡が成立するための十分条件は次の3つである。
  1. ゲームの構造について全員が同じ知識をもっている
  2. 合理的であることを互いに知っている
  3. 全員の予想が共有知識である
このうち1と2の合理化可能性条件だけでは均衡が一意的に決まらない。3は明らかに強い条件で、プライバシーのある社会で満たされるとは考えられない。これらの条件はフォーク定理で協力を成立させるためにも重要だ。単に長期的関係があるだけでは互いに裏切り続けることも均衡になってしまうので、誰がどういう行動を取るかについての評判(reputation)を共有する必要がある。

司法機関のない社会で経済取引をself-enforcingにするためには、人々の評判を互いに共有する完全モニタリングが必要になる。これは「大きな社会」では困難なので、社会を中間集団に分割して知識を共有する必要がある。このように評判を共有する集団を、拙著ではメンバーシップと呼んだ。その原型は血縁集団である。

中国の宗族も日本のイエも、もとは血縁集団だったが、前者はかなり早い時期に形骸化し、機能集団になった。これに対して日本では「場」に依存した基礎集団(共同体)の性格が強いため、会社のような自発的結社でも長期雇用で固定的なメンバーシップを守っている。評判を管理して秩序を守るしくみがGreifのいう評判メカニズムだが、その性格の違いが日中のグローバル化への対応を分けている。

評判は共有知識である必要はなく、たとえば経営者が全社員の行動を知っていればよいので、彼が目的を設定して責任も負うのが機能集団である。だから今週の記事でも書いたように、機能集団は目的志向の後ろ向き推論で考えるが、基礎集団は既成事実を踏襲しながら、それを修正する前向き推論で動く。これはマクロ経済学の「合理的予想」と「適応的予想」に対応する。

中国の「関係」は機能集団なので、企業では情報も権限も経営者に集約され、利潤最大化という目的意識で行動できるが、日本の企業では情報が全員に広く共有されているため、経営者も「空気」を読んで既得権を守る。こういう組織は「平時」には高い効率を発揮するが、戦争などの「有事」に弱い。

だから先験的にどっちがいいというわけではないが、今のように新興国との競争が激化してグローバル市場が大きく変化している有事では、日本のように組織防衛が先立つ集団は弱い。タコツボの中で「空気」を共有するのではなく、コア事業に特化して権限をトップに集約する機能集団にする必要があろう。