何度も書いたが、アゴラで藤沢数希氏が指摘しているので、あらためて書いておこう。きのう政府は東電に1兆円の公的資金を払い込んで実質国有化したが、その本質は東電の債務を国民が負担することではない。いずれにしても東電は債務超過なので、国民負担は避けられない。問題は真っ先に責任を問われるべき株主と銀行を救済して、何の責任もない他の電力会社や納税者に負担を求めていることだ。

見逃せないのは、銀行の融資が社債に振り替わっていることだ。産経新聞によれば、「メガバンクなどは従来の無担保融資を見送り、東電が経営破綻した場合でも返済順位が高くなる社債を活用して資金回収を担保する」という。事業計画では、1兆700億円をこの方法で融資する。東電の社債は一般担保つきなので、破綻しても100%保全される。公的資金で破綻を防いで時間稼ぎしている間に、銀行は長期債務(担保なし)を順次社債に切り替え、最終的に経営が破綻しても逃げ切れるわけだ。

特に問題なのは、事故直後に行なわれた緊急融資である。常識的には、債務超過になったと思われる東電に2兆円もの無担保融資を行なう銀行はない。大鹿靖明氏は、3月25日にメインバンクの三井住友銀行の奥頭取が経産省の松永事務次官をたずねたと書いている。このとき松永氏は、口頭で政府保証を与えたとされる。
[それは]少なくとも三井住友側に後に「次官からお墨付きを得た」との印象を与えるようなものではあった。まもなく各行に「経産次官が三井住友に約束してくれた」という噂が広まっている。[・・・]三井住友の広報担当者はそれを「暗黙の政府保証」と表現した。(『メルトダウン』p.160)
これが事実だとすれば、この段階で国有化は決まっていたことになる。松永氏は「銀行を救済する」という約束を実行したのだ。もちろん、この政府保証には何の法的根拠もないので、彼が反故にすることもできるが、それは日本の官民関係を破壊することになる。つまり役所の体面と銀行の債権を守るために、政府が資本主義のルールを破るわけだ。

このような処理は、事後的にはやむをえないように見えるかも知れないが、Zingalesも指摘するように法の支配を破壊して納税者の所得を不正に銀行に移転し、rent-seekingに経営資源が投入されて市場への信頼が失われてしまう。この不透明なスキームができると、公的資金は1兆円ではすまない。今後、賠償や除染の負担は5~10兆円に及ぶともいわれるが、それに歯止めをかける法的手段はほとんどない。

今回の国有化の勝者は銀行で敗者は納税者だが、国民はそれに気づかず、「原発再稼働反対」などという見当違いのデモをしている。「東電国有化反対」のデモなら、私も応援するのだが・・・