匿名の批判は無視するが、実名の(特に研究者からの)コメントには答えることにしているので、ごく簡単に答えておく(個人的な話なので、菊澤氏以外は無視してください)。
経営哲学会の会長である菊澤研宗氏が、私の反書評にお怒りのようだ。何しろグーグルでは彼のホームページより上に出てくるので、間違っていたらおわびしなければ・・・と思って、問題の『組織の不条理』を再読してみたが、結論は同じである。たとえば44ページには、こう書かれている。
ガダルカナル戦では、近代兵器を駆使した米軍に対して日本軍は(明らかに非効率な戦術にもかかわらず)白兵突撃を繰り返し、全滅した。しかし日本陸軍はその戦術を放棄し変更することができない状況にあった。というのも、長い年月と多大なコストをかけて訓練してきた日本陸軍伝統の白兵突撃戦術を放棄した場合、これまで白兵突撃戦術に投資してきた巨額の資金が回収できない埋没コストになったからである
「・・・した場合、回収できない埋没コストになった」という文はありえない。サンクコスト(埋没費用)は投下した段階で発生するもので、現在の行動によって変わらない(だから埋没という)からだ。これは取引コスト(それを定式化したのがハートの所有権理論なのだが、彼はそれも知らないらしい)とも限定合理性とも無関係である。

ただし大きなサンクコストがあるとき、投資先を変更すると損失が顕在化するため非効率的な結果が生じることは、Dewatripont-Maskin以来よく知られている。これはかなり普遍的な現象で、金融理論ではソフトな予算制約(SBC)と呼ばれている。

たとえば銀行が不動産業者に100億円貸し、その地価が30億円に下がったとしよう。回収できない70億円のサンクコストを守ることは非合理的であり、30億円でも回収して収益の上がる事業に投資したほうがよい。しかし清算するとサンクコストが貸し倒れ損失として顕在化するが、追い貸しして金利を払わせれば金利収入が上がるので、銀行はサンクコストを守る誘因をもつ。このようなSBCが、90年代の不良債権問題では広く発生した。

菊澤氏の話を好意的に解釈すればこういうことだと思うが、日本軍の行動はそういう(帳簿上の)合理性もない。1940年代に戦車に対して白兵戦を挑むことによる戦力の損失はきわめて大きかったが、将官は新しい戦術に転換すると自分たちが習熟している古い戦術(サンクコスト)が無駄になることをきらったのだ。これは単に非合理的なバイアスであり、取引コストではなく行動経済学による説明が必要だろう。