近世日本の経済社会きのうメモのつもりで書いた記事が、驚くほど多くのアクセスを集めたので、少し補足しておこう。

速水融氏の「勤勉革命」は世界的な業績で、最近ではアリギなどウォーラーステイン学派にも援用されている。彼によれば、西洋の産業革命は資本集約的で、領土を拡大して資本を蓄積するために海外に植民地を拡大したが、東アジアは労働集約的な勤勉革命で発展したので、領土的野心がなかった。これが東西の経済力の大きな差になったという。

資源の乏しい日本が驚異的な成長を遂げた一つの原因が、この勤勉のエートスだった。ベラーは『徳川時代の宗教』で、日本人の労働倫理をプロテスタンティズムに比しているが、プロテスタントの目的が資本蓄積だったのに対して、日本人は長時間労働によって経済力を高めた。江戸時代にこうした労働組織ができていたことが、明治以降の近代化に成功した原因だった。

木村英紀氏の『ものつくり敗戦』でも指摘されているように、日本の技術がゼロ戦や戦艦大和のように部分最適に片寄る原因も、この勤勉革命にあると思われる。ゼロ戦は戦闘性能では世界一だったが、工程が名人芸に依存していたため量産できなかった。大和はほとんど芸術品だったが、航空戦時代には何の戦力にもならなかった。現場が勤勉で優秀なので、全体最適を考える戦略が軽視されるのだ。

日本では歴史的にずっと土地不足・労働過剰が続いてきたため、土地を節約して労働を浪費する勤勉革命が定着した。1750年の日本の人口は約3200万人で、これはイギリスとフランスの合計にほぼ等しく、江戸は世界最大の都市だった。今でも日本の耕地面積あたりの人口密度と生産性は世界一である。非効率にみえる日本のサービス業も、稀少な資源である土地を有効利用する産業なのだ。

しかし労働過剰の時代はもう終わった。『ムーアの法則が世界を変える』でも書いたように、ITインフラの価格が劇的に下がる現代では、労働がもっとも稀少な資源になるので、計算資源を浪費して労働の価値を極限まで高めるグーグルやアップルのような企業が勝つのだ。いつまでも部分最適の「ものつくり」にこだわり、居酒屋で労働を浪費する限り、日本の生産性は上がらず、賃金も新興国に引き寄せられる。それが「デフレ」の最大の原因である。