グローバリゼーションを擁護するTPP反対派の議論は幼稚な誤解ばかりなので、まともな経済学者は相手にしないが、知能の低い政治家には幼稚な議論のほうが訴求力をもってしまうので、面倒でもつぶさなければならない。本書は国際経済学の権威が「反グローバリズム」の幼稚な議論にひとつひとつ答えた、涙ぐましい本である。

本書も指摘するように、反グローバリズムには共通の錯覚がある。それは自分の得意なことに特化すれば互いに利益を得られるという比較優位の原理が直観的にわかりにくいため、内田樹氏のように「貿易黒字はよいことで赤字は悪いことだ」という重商主義を脱却できないことだ。これは80年代にアメリカが日本の「対米貿易黒字」を批判して貿易摩擦が起きたときも、アメリカの政治家がもっていた錯覚だ。

貿易赤字は、いいことでも悪いことでもない。会社が借金しても問題ないのと同じである。大事なのは、その借金を生産的な用途に投資して国民の生活水準が上がるかどうかである。これは成長率を比較すればわかる。OECDや世銀やNBERは、保護貿易をとった国と自由貿易をとった国の成長率を比較しているが、その違いは圧倒的だ。保護主義をとったインド、エジプト、ガーナ、フィリピン、チリ、北朝鮮と、自由貿易をとったシンガポール、香港、韓国、台湾の成長率は2倍以上違う。

それでも反対派は「NAFTAでアメリカ資本がカナダやメキシコの経済を支配した」という。So what? アメリカ資本だろうとメキシコ資本だろうと、国民を豊かにするのがよい資本だ。その結果は明確である。NAFTAについての包括的な実証研究は、こう結論している:
"NAFTA has worked. North American firms are now more efficient and productive. They have restructured to take advantage of economies of scale in production and intra-industry specialization."
「メキシコの農業がアメリカ資本によって壊滅した」などというのは嘘だ、とEconomist誌も指摘している。メキシコの農産物の対米輸出は、NAFTAのあと3倍に増えた。

ただし著者もグローバリゼーションがつねに正しいと述べているわけではない。その大きな例外は資本移動、小さな例外は知的財産権である。東南アジアの資本自由化を強引に進めた結果、1997年のアジア通貨危機が起こった。WTOにおけるアメリカの特許や著作権に関する強引なロビイングは途上国の反発をまねいている。

日本の場合には対内直接投資がGDPの3%しかなく、すでに投資規制はほとんどないので、よくも悪くもTPPの影響は小さいが、輸入が容易になり、制度の共通化が進めば、外資によって老化した日本経済の新陳代謝が進むことが期待できる。医療や金融・保険のサービスがグローバル化することは、日本の「ガラパゴス化」した金融業界にとってはいい刺激だ。

ほとんど唯一の懸念は知的財産権だが、参加国の多数はアメリカのような極端なプロ・パテントではない。むしろ日本がアメリカの著作権保護を緩和するよう求めるチャンスでもある。特許については、アメリカもやっと国際標準の先願主義に改めた。TPPを機会に、日本がアメリカに正しい要求を飲ませるぐらいの交渉力を発揮してはどうだろうか。