忠誠と反逆―転形期日本の精神史的位相 (ちくま学芸文庫)丸山眞男の「古層」の概念が山本七平の「空気」と似ているのは偶然ではない。それは梅棹忠夫の「生態史観」や中根千枝の「タテ社会」など繰り返し語られてきた、陳腐ともいってよい日本人論である。ただ両者の類似はそれにとどまらず、武士のエートスを「古層」=「空気」を克服する契機として評価していた点も一致している。

丸山も山本も指摘するように、「古層」的な思考様式は農耕社会には広くみられるもので、日本に独自のものではない。日本に固有なのは、ローカルな共同体が衝突したとき、欧米のようにそれを分解して超越的な原理で統一するのではなく、私的な忠誠が普遍的な道理と分離しないまま、ローカルな共同体の連合として「大きな社会」ができた点にある。

おもしろいことに、山本が『日本的革命の哲学』で「平和的な体制移行の知恵」として賞賛した御成敗式目を、丸山も「古層」を内発的に克服して生まれた個人主義にもとづくコモンローとして高く評価する。しかしそこには、日本的な限界があった。
封建的主従関係の原初的な性格は、武士の「文治的」家産官僚への転化にもかかわらず最後まで保持されて、そのエートスの「合理化」を制約した。その意味で、わが国における「封建的忠誠」といわれるものの基本的なパターンは、非合理的な主従の「ちぎり」に基づく団結と、「義を以って合する」君臣関係と、この二つの必ずしも一致しない系譜が化合したところに形成されたのである。(本書p.16)
よく悪くもローカルな価値を超えた絶対的な信念の体系をもたない日本では、こうした武士の規範は戦時の緊張によってのみ支えられるもので、平和が続くと主君べったりになり、規範意識が崩壊して形式的な官僚主義に堕してしまう。それに対する反逆の契機になるのは、武装集団の合理的な規範としての「道理」なのだが、それはついに大きな力をもちえなかった。

日本の歴史上、ほとんど唯一の内発的な「革命」といえる明治維新でさえ、「天皇への忠誠」という擬制によって初めて可能だった。そして下級武士という「中間集団」の不満を動力とした明治維新の反逆のエネルギーは、武士の没落によって失われてしまう。敗戦という外発的な「革命」で実現した民主主義には、もともとそれを持続するエネルギーが欠けており、それをになう階層が最初からいない。

今の日本のように堕落した政権が維持できるのは、あまりにも長く平和が続いたためだ。武士の規範を支えたのは「常在戦場」の緊張感だが、それが失われると「道理」はローカルな「忠誠」に埋没してしまう。冷戦時代には共産主義という仮想敵がいたが、現在の中国や北朝鮮の脅威はそれに比べるとはるかに小さい。アメリカがよくも悪くも戦時の緊張感を維持しているのに対して、日本はそれに守られた平和の中で、みずからを律する武士のエートスを失ってしまったようにみえる。