「安心・安全」というのは福田政権からの政府の方針だが、両者はまったく別物だ。安心は主観的な心理だが、安全は客観的な事実であり、両者は必ずしも一致しない。安心していても危険なことがあり、安全でも不安なことがある。こういうとき、どちらを取るべきかは自明ではない。

原発事故後の被災地では、ほとんど安全だが非常に不安な状態が半年以上、続いている。被災者を不安にしているのは実際の健康被害ではなく、マスコミのまき散らす放射能デマである。「放射能」という病気があるのではなく、問題はその発癌性だから、目的は放射能を減らすことではなく発癌性を減らすことだ。

発癌物質として圧倒的に重要なのはタバコで、癌による死因の1/3を占める。それは「本人の自由だ」という人もいるだろうが、受動喫煙のリスクも放射線でいえば100mSv程度だ。福島県の除染に80兆円使っても癌を減らす効果はほとんどないが、タバコを禁止すれば年間13万人の命が救える。

ところが小宮山厚労相の「タバコ値上げ」発言について、首相も財務相も冷ややかだ。それはヘビースモーカーの野田首相にとってはタバコを吸うメリットがあり、それをタバコによる健康被害というコストと比較衡量しているからだろう。同じように原子力についても、放射能によるコストとエネルギー源としてのメリットを比較衡量してはどうだろうか。

この場合、風評や不安などを除く「本当のコスト」を考えることが重要だ。福島県の現地調査では、内部被曝はICRPの基準をはるかに下回るので、客観的な健康被害という意味の安全のコストはたかだか数百億円のオーダーだろう。それなのに賠償に8兆円とか除染に80兆円とかいう数字が出てくるのは、人々の安心のコストである。これには客観的な基準はなく、「リスクゼロ」を求めればコストは無限大になる。

しかし安全のためなら、行政が被災地を調査して詳細な線量マップをつくり、安全な地域には帰宅を勧告すればよい。今は20km圏内でも数mSv/年ぐらいなので、学校の校庭など特定の場所は除染し、あとは被災者に判断させればいい。農産物についてもほとんどは風評被害なので、無差別に賠償するのではなく、線量を測定して安全なものは出荷すべきだ。

このように安心と安全のギャップが大きいときは、安全基準を安心に合わせるのではなく、人々の安心意識を客観的な安全基準に近づける必要がある。そのためには放射能デマを「解毒」して不安を取り除き、医学的に正しい知識を伝えることが重要だ。それは電力会社のような(誰も信じない)「安全広報」ではなく、被災者の健康相談のような形で医師がやってはどうだろうか。