最近の原発事故をめぐる常軌を逸した報道は、70年代の公害問題と似てきた。当時、NHKは公害報道の旗手だった。新聞や商業放送(とNHKでは呼んでいた)がスポンサーとの関係でふれにくい大気汚染や水質汚染の問題を積極的に報道し、多くのすぐれたドキュメンタリーも制作された。しかし現在の科学的知識で考えると、当時の公害報道には科学的根拠のないものが少なくない。

その一つが、有害物質として禁止されたPCB(ポリ塩化ビフェニール)である。これは1万人以上が中毒になったカネミ油症事件の原因とされた。絶縁材などに広く使われ、特に瀬戸内海の魚からPCB汚染が検出されたことをNHKがスクープし、全国で魚が売れなくなるパニックが発生した。PCBの製造・輸入は禁止され、それを使った製品はすべて廃棄され、いまだに最終処分法が決まらないまま大量に貯蔵されている。

しかしその後の調査で、カネミ油症の主な原因はPCBではなく、不純物として含まれていたダイオキシンであることがわかった。今度はダイオキシンについてのパニックが発生し、ベトナム戦争の枯葉作戦でダイオキシンが散布されたためにシャム双生児が産まれたという(医学的根拠のない)説が流布されたこともあいまって、全国でダイオキシンを駆逐する騒動が始まった。

ゴミ焼却炉にダイオキシンが残留しているという調査結果が出て、1兆円以上のコストをかけて全国の焼却炉が改築された。1999年には、ニュースステーションの「所沢の野菜から高濃度のダイオキシンが検出された」という誤報で所沢の野菜が売れなくなり、農家に損害賠償訴訟を起こされる事件も起きた。

しかし中西準子氏の調査によれば、ゴミ焼却炉から出るダイオキシンはほとんど無視できるレベルであり、魚介類からの摂取量のほうが多い。この原因は過去の農薬汚染と推定されるが、その発癌リスクは水道水とほぼ同じである。現在は環境中のダイオキシンによる健康リスクは平均余命1.3日で、排出を規制する必要はない。

「アゴラ」にも書いたように、イタイイタイ病についても、その原因がカドミウムだという説は学問的には確認されていない。しかし裁判で認定され、厚生省が公害病に指定したため、1979年からカドミウムを除去するために1630haに及ぶ土壌復元工事が始まり、今も続けられている。つまり児玉龍彦氏が福島事故の対策のモデルとするカドミウム除染は科学的な根拠が疑わしく、それに投じられた8000億円は浪費であった疑いが強いのだ。

山本七平は30年以上前に、イタイイタイ病の原因はカドミウムではないという調査報告書の発表を断念し、彼に見せに来た人との会話をこう書いている:
「発表すりゃ、いいじゃないですか」。
彼は言った。
今の空気では、こんなものを発表すればマスコミに叩かれるだけです。もう厚生大臣にも認定されましたし、裁判にも負けましたし、これを発表すれば『居直り』などといわれて会社はますます不利になるだけです。したがって、せっかくできたのですが、トップの判断で全部廃棄することになりました。しかしあまりに残念です。事実はこれだけ明らかなのだということを後日の証拠に、どなたかに一部だけお預けしたい・・・」(『「空気」の研究』pp.35-6)
こうした誤りを繰り返してはならない。もちろん公害は減らすべきだが、その対策のコストはゼロではなく、その原因は科学的に解明しなければならない。それを省略して「安全基準を緩和するのは御用学者だ」という類の攻撃が行なわれたことが、日本の環境政策を大きく歪めてきた。かつて私もこういう「空気」の醸成に加担した自省をこめていうが、今度こそメディアは冷静に科学的基準にもとづいて報道すべきだ。