マクロ経済の話題が続くが、国会議員からのコメントなのできちんとお答えしておく(細かい話なので、興味のない人は無視してください)。

話の始まりは、中村哲治氏(民主党参議院議員)のつぶやきである:
そうです。私は円の価値を落とす目的のためならば国債を発行して「新成長戦略」の各項目に投資すべきという立場です。RT @kskt21 …野田氏が米国の紙切れを60兆も買う事が信じられません。そのような金があるのなら内需に使うべきですよね? 先生いかがですか?
この「米国の紙切れを60兆も買う」というのは為替介入のことだと思われるが、中村氏はこれに対して「円の価値を落とす目的のために国債を発行」すべきだと主張している。これに対して、
国債をいくら発行しても円の価値は変わらない。国会議員は学部レベルのマクロ経済学ぐらい勉強してよ。 http://ow.ly/64hhl
とコメントしたが、これは誤解だったようだ(失礼)。中村氏は「私の主張はいわゆるリフレ派(のいう日銀引き受け)とは違う」と断って、こう書いている:
デフレをどのようにして解決するのか。国内の資金供給量を増やす方法は(1)融資(2)財政出動の二つしか方法はない。融資が増えないのは国内経済の状況が悪いから。「だから今は国債を発行して財政出動しか方法がない」というのが私の主張。
これはオーソドックスな財政政策論だが、問題はそれによって「円の価値を落とす」ことができるかということだ。たとえば政府が100兆円ぐらい財政赤字を増やして国債を発行すれば、資金需要が増えるのでインフレになり、円安になる可能性があるが、そんな政策は不可能だろう。実現可能な数兆円の財政政策では、円の価値を落とすことはできない。

他方、為替介入で100兆円使うことは可能である。それは正しい為替介入は利益を生むからだ。今の為替レートが本当に「ファンダメンタルズから乖離している」のなら、政府はドルを安く買って高く売ることによって巨額の利益を上げることができる。だから介入の資金は外為特別会計として独立しているのだ。

もうひとつ「国債を発行して円の価値を落とす」方法は、金子洋一参議院議員のように、意図的に日銀券の信認を毀損する政策である。たとえば金子氏が日銀総裁になって「日銀券を紙切れにするぞ!」と宣言して1000兆円ぐらい国債を引き受ければ、確実にハイパーインフレ(*)が起こるだろう。しかしそういう政策を日銀がとることはありえないので、100兆円ぐらい買いオペをやっても円は下がらない。

つまりハイパーインフレが起こるか何も起こらないかの二つに一つなのだが、その中間の「マイルドなインフレ」で止めることは可能だろうか? この点については中村氏の意見は私に近い。
池田氏 @ikedanob も指摘している通り日銀直接引受のリスクは通貨の信任を落とす効果が計測不可能なところ。http://ow.ly/64lMp 日本は経常収支黒字国かつ対外純資産国なので円高方向に戻るのは間違いない。しかし一度は円安に激しく振れるリスクをどう考えるか。
「円安に激しく振れた」とき、それを戻す方法はあるだろうか。普通は金利を上げればインフレは止まるが、財政破綻によってインフレが起こった場合は長期金利も暴騰しているので、金利によってインフレを止めることはできない。日銀が通貨供給を止めると、国債がファイナンスできなくなって政府が債務不履行になる。対外資産は民間の資産なので、国債の償還財源にはならない。

つまり財政破綻によるハイパーインフレは、金融政策では止められないのだ。考えられる対策は、政府を転覆するか新通貨を発行するしかない。これは中南米でよくみられる現象である。円安を確実に実現する財政政策は為替介入しかないが、それは短期的な対症療法にすぎない。

(*)ここでいうハイパーインフレは「コントロール不可能なインフレ」という意味で、具体的には国際会計基準の「3年で100%以上」を念頭に置いている。