メディア業界の言葉にアジェンダ設定というのがある。メディアは特定の政治的な立場に世論を誘導しているのではなく、何が重要かというアジェンダ(焦点)を決めることによって世論を形成する、というのが社会学でよく知られている理論だ。この点でいうと、きのう菅首相が再生可能エネルギー法案の成立を条件に退陣することを表明したのは、誤ったアジェンダを設定するものだ。

再生エネ法案に対する自民党の態度ははっきりしておらず、小池総務会長などは賛成を表明している。しかしこの法案は、JBpressでも書いたように、現在の地域独占を前提としてそれを延命するものだ。いま批判を浴びている官民癒着や東電の独善的な経営をまねいたのはこの地域独占であり、原発事故はその結果に過ぎない。

この点で重要なのは、古賀茂明氏も強く批判していた原子力損害賠償支援機構法案である。これは多くの専門家が批判する東電の「賠償スキーム」を法案化したもので、東電を丸ごと救済して国が支援し、賠償の原資が足りない場合は公的資金を注入するという規定が加えられた。これによって、少なくとも損害賠償が終わるまでは東電の経営形態は凍結され、電力自由化は不可能になる。

つまり再生エネ法案と賠償機構法案はあいまって、地域独占を温存して原発事故のコストを電力利用者と納税者に転嫁する制度なのだ。このうち再生エネ法案は廃案になっても何の害もないが、賠償機構法案が成立しないと事故の賠償が不可能になるので、政府はこれを優先するだろう。電事連の影響力の強い自民党も、東電の延命に傾いているといわれる。

しかし賠償機構法案を通したら、東電の株主と社債権者と銀行を丸ごと保護する一方、8兆円ともいわれる賠償債務は電気料金に転嫁され、足りない分は補助金で補填されるため、電力利用者と納税者が損害賠償を負担する結果になる。野党は、日本航空と同様に会社更生法による通常の処理を主張すべきだ。

これについてマーケットには「金融市場の混乱」を懸念する向きもあるが、これは誤りである。株式や社債のリスクは、市場全体のシステマティックリスクと特定の企業の 固有リスクに分解される。東電の経営が破綻することは固有リスクであり、他の企業には影響を及ぼさない。他の電力会社の社債の金利が賠償負担を織り込んで上昇するのは、FTも指摘するように市場の規律が正常に機能することで望ましい。

「メガソーラー」50基で原発1基分にもならない太陽光発電所を建てるかどうかは、エネルギー問題には何の影響もないが、賠償機構法によって電力自由化を放棄すると、新しいPPSの参入によってガスタービンなどの効率的な電源を導入し、電源を多様化することがきわめて困難になる。市場メカニズムによって原発への依存度を下げるためにも、最優先の課題は電力自由化であり、野党は現在の賠償機構法案には反対すべきだ。