独占企業のネットワークを切り離して競合他社に開放する規制改革が検討されている・・・といってもNTTのことではない。ニューズウィークで紹介した東電の発電と送電の分離である。霞ヶ関では、いろいろな案が乱れ飛んでマスコミにリーク合戦が始まっている。

私のところに回ってきたペーパーは経産省の若手「タカ派」のもので、廃炉と損害賠償の後処理を「清算会社」に分離し、本体を発電部門と送電部門に分離して、送電部門を東北電力と合併するというものだ。これは2000年代前半に経産省が仕掛けた案に近い。世界的には発送電を分離して競争を促進するのが常識で、通信と同じように各国でアンバンドリングが実施されている。

しかし日本では電力会社が強く抵抗した。折悪しく電力の自由化を悪用したエンロン事件やニューヨークの大停電が起きたことから、自民党を抱き込んだ電力会社が経産省に勝った。これは何度も繰り返されたNTT再編問題で、郵政族議員と財界を味方につけたNTTが総務省を押し切ったのに似ている。

民主党内の電力労組の議員や経産省の首脳(事務次官を含む)を中心とする「ハト派」は、通信業界の例をあげて経営が一体のままでも競争を促進できると主張し、損害賠償についても原子力損害賠償法の「天災地変」の規定を適用して、1200億円を超える賠償は国が行なうべきだと主張している。

だがNTTの場合は1997年の電気通信事業法の改正でアクセス系の開放が義務づけられ、ここにソフトバンクなどの新しい通信事業者が参入したため、日本はDSLで一挙に世界の最先進国になった。これに対して電力の場合は、大口需要家の売電を可能にするなどの自由化は行なったが、送電料金が高いため電力会社以外の発電は1%しかない。

通信のアンバンドリングについては、世界的に多くの研究があり、私もディスカッション・ペーパーにまとめたが、その理論は今回の問題にもかなり応用できそうだ。その原則は
  • 設備ベースのプラットフォーム競争がベストである
  • 企業分割は株主の財産権を侵害するため、法的に困難である
  • 設備の一部を開放させるアンバンドル規制が有効な場合がある
  • 行政が裁量的に介入する非対称規制は最悪である
ということだ。電力の場合は通信とは違って、プラットフォーム競争は不可能である。電力網を各家庭に二重に敷設することは考えられないからだ。またアンバンドル規制の成功例は少ない。アメリカではITバブルのとき数百のCLEC(競争的地域通信事業者)が登場したが、地域電話会社の「ホールドアップ」によってバブル崩壊とともに全滅した。日本でソフトバンクが成功したのは、いろいろな偶然の重なったまぐれ当たりで、二度と同じ幸運は期待できない。

現在の状況は最悪の裁量的規制なので、消去法で考えると企業分割が残る。これは通常は困難だが、今のような非常時には可能かもしれない。通信のように技術が激しく変化する場合には、へたに分割するとNTTの持株体制のようにネットワークの特性に合わない企業の境界が固定されてしまうが、電力の場合は発電と送電という自然な境界がある。

究極の問題は、ネットワークを分社化したら競争相手が出てくるのかということだ。通信の場合は孫正義氏という"crazy entrepreneur"が出てきたが、電力業界はみんな大人なので、ああいうめちゃくちゃな競争を挑む企業は出てきそうにない。「電力村」の同業者である東北電力や中部電力が参入することも考えにくい。

そうなると競争相手として有力なのは外資系ファンドだが、J-POWERに英系ファンドが出資したときのように、外資を裁量的な規制で排除する経産省が究極の競争阻害要因だ。つまり経産省のタカ派官僚の最大の敵は、天下りを中心とする彼らの上司なのである。