原発をめぐる論争は「枯れた」分野で、ほとんどの論点は80年代までに出尽くした。私も昔、たくさん原発の番組をやったが、そのころと基本的な考え方は変わらない。そういうことも知らないで孫正義氏までが古いレコードを再生するのは電力の浪費なので、Togetterでもまとめたが、ここで常識を簡単にリストアップしておこう:
  • 軽水炉は工学的には危険である:水を冷却材に使っているので、それが抜けると燃料棒が溶融して炉を破壊する可能性が排除できない。
  • 実際には重大事故は少ない:チェルノブイリ以外にも共産圏では重大な事故が起こったが、西側諸国では作業員が数人死亡する程度の事故しか起こっていない。
  • 死亡率でみると、石油火力や石炭火力は原子力より危険である:採掘だけではなく、燃焼によって大気中に出る汚染による被害も化石燃料のほうが大きい。
  • 環境汚染という点でも、化石燃料のほうがはるかに有害である:交通事故による死者を含めると、原発の数万倍の人的被害と大気汚染をもたらしている。
  • 原発から出る放射性物質は、発癌物質としてはマイナー:最悪の発癌物質は今世紀中に10億人が死亡すると推定されているタバコ。
  • 原子力は経済的だが、核燃料サイクルや安全対策を含めるとコストが高い:今回の事故で、私企業のプロジェクトとしてはリスクが大きすぎることが判明した。
要するに原発は反対派のいうほど危険ではないが、推進派のいうほど経済的でもないのだ。ところが反対派は「絶対安全にしろ」と求め、国と電力会社は「絶対安全だ」と主張して情報を隠蔽し、リスク管理を怠ってきた。このために今回のようにすべてのバックアップがきかないという(安全管理上は当然想定すべき)事態に対する体制ができておらず、コントロールがきかなくなった。

特に原発のイノベーションをさまたげているのは、電力会社の地域独占と経産省の過剰な規制だ。かつては経産省も発電と送電を分離して電力を自由化しようとしたが、電力会社が「安定供給ができなくなる」という理由で反対した。しかし今のような状態こそ、最悪の不安定供給である。

先日も紹介したウェスティングハウスのSMRやビル・ゲイツのTWRのように、軽水炉とは違う原理の原発も開発されており、こうした新テクノロジーやガスタービンなどの分散型エネルギーをネットワークで制御するのが、グーグルのねらっているスマート・グリッドである。ITでは世界に取り残された日本もエネルギー技術は進んでいるので、今回の経験を生かし、送電網を分離して「エネルギー・ベンチャー」の参入を促進すれば、新しい産業が生まれるかもしれない。