「もしフリ」は完結し、日経BP社から夏にコミックとして出ることになった。そこでメルマガも、もとの「オンデマンド経済学」に戻ったので、その内容を簡単に紹介しよう。

震災の直後に起こった円高は多くの人を驚かせた。当初は保険会社が保険金支払いのために海外へ投資していた資金を自国に戻す「レパトリ」が原因だとか、もっともらしい解説があったが、阪神大震災のときの地震保険の総額は783億円。生命保険などを合わせても、2000億円にもならない。今回はそれよりかなり大きいが、国内損保業界の支払い総額は6000億円前後というのがゴールドマン・サックスの推計だ。毎日10兆ドルが動く為替市場では問題にならない。


図1:名目為替レート(赤:左目盛)と実質実効為替レート(青:右目盛)

これは明らかに投機筋の仕掛けで、最初に80円を切ったのがニューヨーク市場だったことからもわかるように、災害の直後で商いの薄い時期をねらって、抵抗線だった80円を切ろうということだろう。この背景には図1にみられるように、日本の現在のレートが実質実効為替レートで見ると割高とはいえないという判断があるものと思われる。

つまりもともと現在のレートは政治的に割安に抑えられているので、投機筋が一挙に抵抗線を破れば、日本政府も次の抵抗線(たとえば75円)まで退却するという読みがあったのではないか。10年ぶりの協調介入で抵抗線を守ったのは、投機筋にとって予想外だったかもしれないが、いったん83円台まで戻した相場はまた80円をうかがっている。

実質実効レートで見ると、現在のレートは1995年より30%以上も低い。これはこの15年間にアメリカの物価が40%近く上がったのに対して日本の物価上昇率がほぼゼロだったためで、日米の物価上昇率の差を勘案すると、まだやや円安だ。投機筋は闇雲にアタックをかけているわけではなく、こういうファンダメンタルズを見た上で、理論価格との乖離をねらって裁定をかけてくるわけだ。

だから岩田規久男氏氏などが「円高の原因はデフレだ」というのは、2000年代については正しいが、90年代の円高はデフレでは説明できない。図1を見ればわかるように、90年代前半の名目レートの動きは実質実効レートの動きとほとんど一致しており、物価上昇率の差の影響はほとんどないからだ。武者陵司氏の指摘するように、むしろ円高が90年代のデフレの原因だった。

では何が円高の原因なのだろうか? これについては多くのアナリストのいうように投機筋の「需給要因」というしかないが、これはトートロジーである。1995年の円高のあと、1ドル=140円台まで下がったように、今回の相場は一時的なオーバーシュートだと判明するかもしれない。

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図2:為替レート(赤:左目盛)とマネタリーベース増加率(緑:右目盛)

いずれにせよ、この円高を日銀が阻止することはできない。図2(左目盛は逆)でも明らかなように、日銀は2009年から一貫してマネタリーベースを増やしているが、為替は逆に円高(ドル安)になっている。それまでもマネタリーベースと為替にはほとんど相関がない。ゼロ金利状態では、日銀はマネーストックをコントロールできないからだ。したがって「非不胎化介入」も不胎化介入と同じである。「日銀が何もできないというのはけしからん!」などと怒ってみても、できないものはしょうがない。