前原外相が辞意を表明した。閣僚の辞任なんか珍しくもなくなった民主党政権だが、今回の経緯には疑問が多い。

根本的な問題は、そもそも今回の政治献金は犯罪なのかということだ。政治資金規正法第22条5項では外国人からの政治献金を禁じているが、これは故意の受領でなければ罰せられない(総務省も国会でそう答弁している)。個人献金は非常に多く、今回のように在日韓国人が日本名で献金した場合は、受け付ける事務員が外国人からの献金であることを知るのはほぼ不可能である。

前原氏は国会で「献金者は在日韓国人であり、古くからの支援者だが、献金を受けている認識はなかった」と答弁している。これが事実だとすれば、献金を受けたことは違法だが、罰則の要件となる故意がないので、「事務的ミスだ」と答弁して献金を返還すればすむことだ。

ところが前原氏は「私の責任だ」とか「調査する」などと答え、故意の認識があったかのような含みをもたせた。これが混乱のもとになり、「20万円でも違法は違法だ」という追及を勢いづかせる結果になった。この危機管理の甘さは、かつての偽メール事件で事態を拡大した失態を思い起こさせる。

もともと今回の献金は、なじみの焼肉店主が毎年5万円ずつ応援しただけで、規正法の想定しているような国家主権を侵害するおそれはない。実質的な違法性がなく、手続き的にも可罰性のない問題で、閣僚が辞任するのは筋が通らない。これが前例になると、閣僚は個人献金者にすべて戸籍の提出を求めなければならない。

このような過剰コンプライアンスは、日本社会に蔓延する病気である。実質的な問題はなくても法令違反を恐れ、法律に違反しなくても風評を恐れてリスクを取ろうとしない。「世間を騒がせた」とか「国会運営のさまたげになる」といった「空気」によって閣僚の進退まで決まるようでは、まともな意思決定はできない。

前原氏は「ポスト菅」の有力候補とされており、これで次の代表選挙に出馬できないとなれば、日本の政治がますます混迷することになりかねない。ただでさえ毎年のように首相が替わって世界の笑い物になっている日本で、たった20万円の事務的ミスで外相がやめることこそ、日本外交への信頼を失わせる行為だと私は思う。