中東で起こっている一連の出来事は、1989年に起こった東欧の事態を思い起こさせる。あのときも最終的にすべての国で社会主義が崩壊するまで止まらなかったので、カダフィの運命も決まったようなものだ。

当時、私はNHKで環境問題の番組を取材しており、私のチームがアメリカ、もう一つのチームがルーマニアを回ってロンドンで合流する予定だったが、ちょうどその時チャウシェスク政権に対する反乱が起こり、彼らがルーマニアから出られなくなった。しかも反乱が起きたティミショアラのすぐ近くにいたため、彼らは世界に先駆けてルーマニア革命を取材する結果になった。

今回のエジプトの事態は、そのときのルーマニアに似ている。民衆が組織的な武装蜂起を行なったわけではなく、各地で一斉に起こった街頭デモが政権を追い詰めた。しかし大きな違いは、エジプトの「宗主国」であるアメリカが政権の武力鎮圧を牽制していたことだ。軍が中立を守ったため、ルーマニアのような大規模な流血は避けられた。

文字どおりの革命は、現代では困難である。主権国家が「暴力装置」を独占しているからだ。それに対するデモのような非武装の反抗が成功するのは、政権の基盤がすでに危うくなり、軍が離反しているときに限られる。エジプトの場合、軍の武器はほとんどアメリカ製であり、ムバラクはアメリカの軍事援助なしでは政権を維持できなかった。彼に引導を渡したのはクリントン国務長官である。

今週の日曜のNHKスペシャルは、これを「ネットが”革命”を起こした」というタイトルで、まるでFacebookで政権が倒れたかのように描いていたが、これはナンセンスだ。もちろん民衆が情報を共有するときは、メディアが重要な役割を果たす。1989年のときは、東欧に西欧の豊かさを伝えたのは衛星放送だった。それが今度はインターネットになっただけだ。最終的に国家権力を倒すのは、メディアではなく民衆の命がけの行動である。SNSで革命が起こるはずがないことは、リビアの現状をみても明らかだろう。