
昨夜のNHKの「無縁社会」の番組が、あちこちで話題になっている。私は「働く世代の孤立を防げ」というタイトルだけで見る気がしなかったが、内容は想像以上に恥ずかしいものだったようだ。それは上のイラストからも感じられるが、きわめつけがスタッフの作ったとみられる自作自演のつぶやきだ。
朝日新聞の「孤族」キャンペーンとも共通するのは、日本は本来「有縁社会」で、その縁が失われるのは嘆かわしいという湿っぽいノスタルジアだ。しかし島田裕巳氏も指摘するように、人々は経済成長によって縁を失ったのではなく、高度成長期に自由で豊かな生活にあこがれて都市に集まり、みずから「無縁化」したのだ。小池和男氏などの調査でも明らかなように、日本人が「社縁」の好きな会社人間だというのも幻想である。
ところがNHKは、この問題を逆に見て「20~30代の4割が非正規雇用で働いている今、賃金があがることも、明日の保証もない。無縁社会を解消するために、私たちは何ができるのでしょうか?」と問いかける。ここでは「非正規雇用」は望ましくない働き方で、彼らを「正社員」にしてあげることが政府の役割だというストーリーが最初から前提されている。
これが事実なら、話は簡単だ。労働基準法を改正してすべての労働者を終身雇用(無期雇用契約)にし、解雇を全面禁止すればいい。それが答にならないことは、日本郵便のケースを見れば明らかだろう。亀井静香氏の命令で6500人の非正社員を正社員に「登用」したおかげで、今度は2000人を雇い止めする結果になった。これは「雇用規制を強化すると雇用は減る」という経済理論の人体実験である。
根本的な問題は、経済がグローバル化して競争が激化し、その変化を会社という共同体(長期的関係)で吸収できなくなったことだ。こういう状況で無理に社縁を守ろうとすると、会社が市場で淘汰されてしまう。競争に対応するには古い組織を個人を単位とする市民社会に分解して柔軟に動けるようにするしかなく、そういう変化が全世界で起こっている。
こうした後期近代の問題は、昔NHKがキャンペーンを張った「ワーキングプア」とか「格差社会」に比べれば本質的である。所得格差はバラマキ福祉で(短期的には)解決できるが、中間集団の求心力が失われて社会が<私>に分解する傾向は止めることができないからだ。
この種の問題は、欧米では繰り返し論じられてきた。社会が個人に分解することが望ましいと主張して政府の役割を否定したのがリバタリアンで、それに対して普遍的な正義の観点から政府による所得再分配が必要だと考えたのがリベラルだ。両者に共通する個人主義を批判して、各コミュニティに固有の価値を守ろうとしたのがコミュニタリアンである。
ところが日本では、サンデルの講義を放送したNHKでさえ問題の所在を理解しないで、「無縁社会を解消」して古きよき有縁社会をいかに取り戻すかというノスタルジアを繰り返す。それが人々の感情に訴え、政治的にアピールしやすいことは事実だろう。
施政方針演説でも、菅首相は「『無縁社会』や『孤族』と言われるように、社会から孤立する人が増えています」と述べ、「誰一人として排除されない社会」の実現を誓った。しかしこんな古くさい温情主義が何の解決にもならないことは、この1年半の民主党政権の実績で明らかだ。
ハイエクも論じたように、どんなコミュニティも自生的秩序として維持されるかぎりにおいて続くのであり、コミュニティを政府が作り出すことはできない。個人主義にもとづく市民社会は快適ではないが、日本が自由経済システムをとった以上、後戻りは不可能である。政府の役割は縁を作り出すことではなく、個人の自立を支援する最低保障だ。未練がましい無縁社会キャンペーンは有害無益である。
ところがNHKは、この問題を逆に見て「20~30代の4割が非正規雇用で働いている今、賃金があがることも、明日の保証もない。無縁社会を解消するために、私たちは何ができるのでしょうか?」と問いかける。ここでは「非正規雇用」は望ましくない働き方で、彼らを「正社員」にしてあげることが政府の役割だというストーリーが最初から前提されている。
これが事実なら、話は簡単だ。労働基準法を改正してすべての労働者を終身雇用(無期雇用契約)にし、解雇を全面禁止すればいい。それが答にならないことは、日本郵便のケースを見れば明らかだろう。亀井静香氏の命令で6500人の非正社員を正社員に「登用」したおかげで、今度は2000人を雇い止めする結果になった。これは「雇用規制を強化すると雇用は減る」という経済理論の人体実験である。
根本的な問題は、経済がグローバル化して競争が激化し、その変化を会社という共同体(長期的関係)で吸収できなくなったことだ。こういう状況で無理に社縁を守ろうとすると、会社が市場で淘汰されてしまう。競争に対応するには古い組織を個人を単位とする市民社会に分解して柔軟に動けるようにするしかなく、そういう変化が全世界で起こっている。
こうした後期近代の問題は、昔NHKがキャンペーンを張った「ワーキングプア」とか「格差社会」に比べれば本質的である。所得格差はバラマキ福祉で(短期的には)解決できるが、中間集団の求心力が失われて社会が<私>に分解する傾向は止めることができないからだ。
この種の問題は、欧米では繰り返し論じられてきた。社会が個人に分解することが望ましいと主張して政府の役割を否定したのがリバタリアンで、それに対して普遍的な正義の観点から政府による所得再分配が必要だと考えたのがリベラルだ。両者に共通する個人主義を批判して、各コミュニティに固有の価値を守ろうとしたのがコミュニタリアンである。
ところが日本では、サンデルの講義を放送したNHKでさえ問題の所在を理解しないで、「無縁社会を解消」して古きよき有縁社会をいかに取り戻すかというノスタルジアを繰り返す。それが人々の感情に訴え、政治的にアピールしやすいことは事実だろう。
施政方針演説でも、菅首相は「『無縁社会』や『孤族』と言われるように、社会から孤立する人が増えています」と述べ、「誰一人として排除されない社会」の実現を誓った。しかしこんな古くさい温情主義が何の解決にもならないことは、この1年半の民主党政権の実績で明らかだ。
ハイエクも論じたように、どんなコミュニティも自生的秩序として維持されるかぎりにおいて続くのであり、コミュニティを政府が作り出すことはできない。個人主義にもとづく市民社会は快適ではないが、日本が自由経済システムをとった以上、後戻りは不可能である。政府の役割は縁を作り出すことではなく、個人の自立を支援する最低保障だ。未練がましい無縁社会キャンペーンは有害無益である。







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コメント一覧
恥ずかしい、というより嘆かわしい感じがします。プロジェクトX以来、どうにもノスタルジーばかりで、未来を見ない傾向が強い。内向きですね。現実の会社もそんな感じで、「顧客重視」とかお題目を唱えつつ、内向きの会議ばかりです。
● NHKという老人向け宗教 ●
NHKが社会を先取りしたつもりで取り上げる現象は、ほとんどが消え去っているのではないでしょうか。
そしてNHK自身が主導した取り組みも、結局何の成果も残していないと思います。
ただ一部の年寄りは、自分の嗜好にマッチしたものを取り込んで、内輪趣味として5年、10年と
続けている例もあるようです。
民放の流行り廃りは1ヶ月単位で年寄りはついていけないので、万事スローペースのNHKが
そのニーズを汲み取っているともいえます。ある種の宗教ですね。
年寄り相手に内輪番組を作るのも立派な仕事ですが、政治家がそれに影響されるのは笑い話ですね。
ふと思いついた
『ゆりかごと墓場だけ』
という言葉が、NHKをよく表していると思います。
ググってみると、1年位前の1件だけ見付かりました。
(それも無縁社会がらみでした)
市民社会(civil society)もこれを維持するシステムとしての法の支配(Rule of Law)も,社会を構成する諸個人が徹底した個人主義(individualism)をその精神的主柱として内在させることなくして立ち現れることは決してない.
ところが,ヘーゲリアン同様に日本人はこの個人主義が反吐が出るほど嫌いな民族(民族などという概念も只の幻想だが,日本人に使用するにはピッタリの言葉だろう)だから,反個人主義から必然的に有縁社会へのノスタルジーとしての反無縁社会キャンペーンが巻き起こるのは何ら不思議なことではない.
この事象は,講座派がいみじくも言い当てたように,2011年の現在においてでさえも尚,日本においては近代市民革命さえも成し遂げられていないという事実に起因している.市民革命の要諦はcivitas(共同体)としての国家をstatusとしての機構に作り変えることに他ならないが,日本人のほとんどが群淘汰されるまでこれを拒否し続けていくことだろう.
NHKのキャンペーンや民主党政権の影響なぞ原因はおろかとるに足らない問題であり,根本問題は日本人の精神性,すなわち反個人主義にある.
差異間の交換を要諦とする自由市場が発達しないことの主要因もここにある.社会の諸個人の異質性を最大化させる社会こそが,自由な交換と交易という市場の可能的存続条件を内在させていることは自明であるからだ(同じものしか持っていない同士が一体何を交換するのか).
生き残れる道があるとするならば,「家」としての日本国家を解体するというかなりドラスティックな道しか,もはや残されていないのだろう.
無縁社会はNHKスタッフのフィクションかもしれませんが、多くの日本人の心を捉えた「ヒット作」であることに変わりはありません。落ち込んだときに聞く演歌やフォークソングのようなものだといえます。NHKがやらなくても、早晩誰かがやったでしょう。
池田先生がいうように国はコミュニティを作れません。しかし、群集が共有するムードこそが、バブルや戦争を起こすのではありませんか? 経済学が脳科学に接近しているようですが、いま日本人が共有したがっているムードのベクトルを見損なうと、どんな論理的な対策も無視されるだけでしょう。
NHKにいる人間によれば、特ダネが取れずに、キャンペーンと称した番組作りに精を出す記者ばかりになったそうだ。
同じく関東ローカルでは「ミドルエイジクライシス」という意味不明のキャンペーンが行われているが、これも無縁社会と同じで、40才なのに外出もできず友達がいない中年男性とか、農業を始めたけど失敗して苦労している奴とか、全く脈絡が無い内容が延々続いている。
ミドルエイジもアーリーエイジも板東英二も小倉エージも、そりゃ誰も苦労しているのは当たり前。
無縁社会とかワーキングプアとか、何か、社会主義・国会血縁社会を理想とする思想で固まっているのがNHKの記者やディレクター。
もともとNHKに入るような人間は、利益を上げるとか競争で勝ち抜くとかいう、民間の競争社会が嫌いな奴が多く集まる。だから、ユートピア幻想社会主義を好む人間が多いんだろう。
難しい政治経済や科学などの報道はほとんどなく、「みんなで団結して、明るい明日を築こう」とか変な宣伝ばかり。ニュース9の最後に出てくるフレーズも、よく覚えていないが、「あすに、つなげる」とか気色悪い文字。
そんなことより、事実に忠実、かつ大きなファクトで巨悪を暴くような骨太の調査報道をすべきではないか。
怪しいキャンペーンばかりで、特ダネは全く出ていないと思いませんか>池田さん
無縁=恋人が出来ない。
収入が低くても、彼女や彼氏がいれば、「無縁」だとは感じません。
男女のつながりが、どんどん希薄になっていることが問題なのです。
このイラスト、恥ずかしさというより何か不気味さを感じる。
「皆さん終焉が近づいています。さあ手をつないで・・」と台詞をつけてみる。
社会福祉理論の歴史とも通じるものがありますね。最近は社会的包摂とかなんとかいわれますが、一方でワークフェアというのもあるし。バランスがとても大切で、単なる弱者救済の発想だけではままならないということを欧米では歴史的に嫌というほど経験してきて今日があるのですが、日本はこれまで景気対策でごまかしてきた。しかしここにきて歴史的な曲がり角にかかっているというところですね。
しかし私は、失業対策に関しては政府なり自治体なりももっと頑張らないといけないとは思いますけどね。ただ方法論は単に金をかければいいとかいうことだけに留まらないはずです。公務員は公務員なりに知恵をもっているはずで、組織のトップにたってリストラをやるのは優秀な一握りの官僚であるはずですし。官僚がエゴ丸出しで予算を引っ張ることしか考えていないというのは、政治的な演出で、これもある種の八百長だと思って見ています。
海外をみると優秀な官僚がしっかり組織のリストラもやっているのですから、日本でだけそういうことがなおざりになっているのはなにかおかしい。官僚の利己的行動がワイドショー化されて仕分けとかで政治的演出に乗ってしまう日本の現状がおかしいのではないでしょうか。
縁が大事なら、同じ業界の苦境を指を加えてみているなんてことは選ばないはずですよねwww
なのでそのうちNHK料金の一部を民放各局に配分するようなことが起きるかもしれませんね。
NHKドキュメンタリーを真面目に見ると痴呆症になる。たとえばNHKや朝日新聞等が何十年も煽ってきた「スウェーデン高福祉社会は幸福」という幻想も噴飯物であった。うわべは幸福に見えるかもしれないが、たとえば現在スウェーデンは婚外子の割合がなんと6割以上(日本は数%)であり従来の家族が崩壊しつつあるのだという。自殺率も高く、今の子供たちが成長した将来どんな社会がくるか予想もつかない社会なのである。こういう実験社会がひとつやふたつあっても良いが、こういう国をすぐに美化する日本のアホな知識人やジャーナリストは有害だ。高福祉を支えているのは金を稼ぐ企業であるが、ボルボも不振で買収され家具会社のイケヤは高い税金を嫌ってオランダに本社を置くという。今後経済が劣化したら福祉がどうなるかわからないが、打ち出の小槌でも振れば高福祉になるかのように宣伝する。またウェーデンは昨年まで徴兵制を維持し、戦後豊かなスウェーデンを支えたのは巨大な軍需産業でありハイテク兵器。昨年の統計では輸出額20億ドルで世界10位にであることなどまったく触れず、「日本は遅れている」というイメージを流布するだけ目的としてたかが人口900万人のスウェーデンを持ち上げ、日本は見習えと騒ぎ立てる。たわ言にまどわされ、どこかに夢の国のような幸福な国があり自国はまだまだ劣っているとコンプレックスを刷り込まれ自分が不幸なのは社会や環境のせいだと信じ込む日本人はほんとうに哀れである。
自生的秩序が社会を作るので、政治はそれを補ったり後押しをすることしか出来ません。それは官主導の商売が成功しないのと同じ事でしょう。
「限界集落」なんて言葉もありますが、限界集落を維持する事自体がナンセンスで、助けてもらいたいお年寄りをどこかに集めて纏まったサービスをしてあげるか、滅びの自由を選ばせてあげるしかありません。
しかし、個人にまで細分化した市民社会が幸せかと言うとそうではないでしょう。また個人までの細分と言いますが、親子夫婦の単位の家族が社会の最小単位であるのは恐らく今のアメリカの自由主義者もリベラルも変わらないのではないでしょうか?
寧ろフランスや上述のスウェーデンの様に婚外子が一般的にならない限り個人まで単位が縮小する社会は成立しにくいのではないでしょうか。
そしてそれはますます「自由で自立していて煩わしくない」生活ではあるが、それは孤独な自由、孤独な自立であり、近代社会哲学の生み出した「合理的な不幸」と言えます。
NHKってマリーアントワネットのようですね。グローバルな観点でみても、飛びぬけた高給と既得権益が保証された王侯貴族(自覚なし)ですから。番組自体が解雇規制緩和に反対するかのようでした。でも。ここまで来るとフランス革命ですね。
豊かになれば誰の助けも借りずに生きていけますから、ほうっておけば社会が「無縁」化するのは当然です。だからこそ自覚的に維持する必要があるのでしょう。崩壊した社会を子どもに押し付けたのは年長世代です。経済が成長しても自殺者が旧共産国並みに多い先進国は日本だけです。
6500人を正規化して、2000人を雇わないというのが、全体の労働条件の向上に寄与したかどうかは、正規化しない場合に2000人を雇用できたとして、『ある程度の解雇のリスクを伴った非正規の8500人』と『解雇リスクの少ない6500人』とを比較する必要があります。8500人のうちどのくらいが例えば数十年間に解雇されるのか、それがある程度の割合になるとすれば、正規化された6500人の方が良い場合がありえます。例えば、その2000人が解雇されていると仮定すれば、単純化すれば、非正規の6500人と正規の6500人の比較になってしまいます。
正規化しないと10倍の雇用が生まれるというのならこういう比較はしなくて済むと思いますが、30%が変化する程度なら、慎重な数値的比較が必要です。
NHKにしろ朝日新聞にしろ、視点がおかしいのは明らかです。取り上げている人達を「哀れな人(達)」、「可哀相な人(達)」として描き、意味の無い奇妙な危機感を煽ろうとしています。
朝日新聞に至っては次のページで話題になった様に、生活保護を詐取している事を堂々と公言してヲタ生活を満喫して遊び呆けている川越市の男を「可哀相な人」として誤報すらしてしまったのに、訂正もしません。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1581392.html
本当の問題は学歴の高低に関わらず、マスメディアやインターネットなどに対するリテラシーや教養に欠け、知性と冷静さを失った者が日本中に蔓延している事なのです。
郵政解散然り、民主党政権奪取然り、愛知県の大村(こいつの行動原理は自己顕示欲と名誉欲と金銭欲だと言うのは良く知られている)然り、浅はかな大衆に触発された馬鹿な政治家などによって馬鹿な方向に導かれ続けている事は分かる人には分かる悲しい現実です。
コメント欄は「日本人は哀れ」という論調になって
いますが、それはそれで不気味ですね。
日本人は哀れと考える主体は何なんでしょうか。
どうして啓蒙主義は高等遊民化してしまうので
しょうかね?そうなったら終わりなんですけどね。
私が懸念するのは、無縁になることを許さない社会システムが構築されることです。先だっての行方不明高齢者騒ぎからもその危険を感じました。消えた年金問題しかり。
統治機構がすべての国民を正確に把握し、困っている人には手を差し伸べなければならないという考え方は、一歩間違えば、社会の主流と合わない者を排除する思想につながります。
ナチスが国民の健康を重視し、体育を奨励するあまり、病人や障害者を差別するようになったように、近隣の住民とつながることを欲しない「孤独」な老人が国営施設に収容されて、むりやり「縁」を与えられるようなことを強く恐れます。
はんてふさんのコメントには大いに共感します。NHKにせよ何にせよ、批判されるべきものを批判するのは当然ですが、「だから日本はダメだ」というような安易な物言いには疑問を感じます。「自分は違うが」と言いつつ日本人、日本社会批判に逃避するような真似はみっともない。問題を凝視しつつ、各自の持ち場で改革を進めていきたいものです。
では、年金や社会保障は、保険から、貯蓄型にします。
団塊~45才までは、バブルの恩恵で貯蓄があるはずだし
赤字損失分は自身の世代(貯蓄)で精算してくだい。
海馬さんの仰る通り!
団塊世代は年金なしでも生きられるし、更にその親の世代からの相続も期待出来る。
老年者は早く死んだ方が社会のためにも子供のためにもなる。
首相が鳩山なら管のやうな貧乏人とは違つてバラマキ政策は取らなかつたのに!
無縁社会の原因は、未婚の単身世帯が増えてること。
恋人が作れないことが最大の原因でしょう。
雇用の問題はこれまでにも別のテーマでさんざん議論し尽くされてきてるので、ここでは切り離してほしい。
恋人をつくるためにどうするかを考えましょうよ。
収入が少なくても恋人は作れるはずですし、恋人がいれば「無縁」だとは思わないでしょう。
木を見て森を見ず。
これは細部の議論に入る前の問題で、しかも木を構成する森が存在しないという状況なんだと思います。
日本社会では、就職、賃貸住居契約、住宅ローン、事業の運転資金の融資等、あらゆる場面で保証人が求められます。そのとき、保証人を求められた側は、引受けるか、縁を切るか、の選択を求められます。
このように保証人制度が、人と人の「縁」を食いつぶし、「消費」してきた、という一面があります。
>収入が少なくても恋人は作れるはずです
甘い。女は男と結婚するわけではありません。「男が稼ぐカネ」と結婚するのです。
今の男が結婚するにあたり、最初の壁は彼女の両親。
まず一発目に職業・年収を聞かれる。
そこで「非正規?そんな身分に娘を嫁がせるなど我が家の末代までの恥になる」
「そんな給料で娘と子を養えるの?まさか娘を働かせるつもりじゃないでしょうね?労働が母胎に悪影響をおよぼすことすらわからない無知な男に私の娘をよこすわけにはいかないわ」などと罵声につぐ罵声が待っている。
今の女性の結婚相手に求める年収は「自分より高い」こと、という調査結果は掃いて捨てるほど出てくる。可処分所得において女性が男性を上回った今、大多数の男は女性との結婚を諦めざるを得なくなったのです。
「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉は伊達に世紀を越えて生きているわけじゃない。
NHKの、「20~30代の4割が非正規雇用で働いている今、〜」という問いかけは完全にピントが外れてますね。池田先生およびコメントの皆様の指摘は尤もです。
その上で、ですけど、
ゼロサム経済下で何が幸福か分からなくなっている現代人としては、非ゼロサムの代表格である「縁」の価値を再確認するという話は、意外にアリな気がします。
特に老人は、縁に頼らないと今後(インフレ後)は危ないんじゃないでしょうか。
しかしこのような話は啓蒙に留めておくべきで、政治が関与しない方が良いと考えます。だからNHKのようなマスメディアが題材として選ぶところまでは合っていたんじゃないかと思います。
問題は題材の調理方法ですね。
「縁」の話題を労働問題にすり替えてしまった(すり替えざるを得なかった?)のがNHKの悲しさです。
実際に番組に出た人物から、番組の「演出」への違和感や事実と異なる紹介のされ方が指摘されてますね。
http://getnews.jp/archives/99251
はじめに結論ありきな編集が今時通用すると思っているNHKって一体…
孤立した人が多い社会を問題として取り上げるのは、出発点は間違っていないと思います。しかし、『彼らを「正社員」にしてあげることが政府の役割』という結論が先にあったのだとすれば、それは間違いだと思います。そんなことはできやしないからです。
自立のために必要な最低限の保証を、家族よりも大きく、国家よりも小さな単位の某かが行うことが望ましいのでしょう。個々の地域で知恵を出せばここになにかいい着地点が見つかりそうな気がします。
--
http://www.miyadai.com/index.php?blogid=1&archive=2010-10-17
「小さな国家」になる以上、弱い個人をグローバル化の嵐に剥き出しにしたくなければ「大きな社会」にするしかありません。「大きな社会」は「包摂&参加」が2本柱です。誰もが絆の恩恵に預かりながら、誰もが絆の維持にコストを払う社会です。
自分は大学2年なので、「無縁化」する社会を生きなきゃならないですが、NHKの思い描く「縁」はなくなっても(なくなってほしいですが)新しい「縁」のあり方も登場していると思います。
アゴラのtwitterもFacebookも、これまでの地域コミュニティーに根ざした、(自分にとっては)大変息苦しい「縁」の絡み合った「世間」とはべつに、「個」としての人間同士がつくるネットワークという新しい「縁」のある社会を模索する形態なんじゃないかと強く思います。
NHKや朝日がいかに「地域」だのなんだの言っても、自分には息苦しくて生き難い全時代の遺物にしか過ぎないから、絶対にその復興目指して頑張ることはしません。
でも、だからといって自分が全ての対人関係を縮小させるかといったらそんなことは無くて、web上を通じてネットワークを発展させて良い生活を送ろうと思います。これは自分だけの意見じゃなくて、割と周りの学生も似たようなことを言っていますよ。
横から失礼しますが、「地域の縁」「家族の縁」「仕事の縁」「ネットワーク(という新しい縁)」はそれぞれ異なる特質があり、一部で他を代替できる類の物ではありませんよ。
たとえば、
1. 防災活動は地理的近接が意味を持つ。これは「地域の縁」以外では実質担保できません。
2. 子育て、これは一定期間(十数年の長期間)参加者個人の役割を拘束する「家族の縁」なくして成立は困難でしょう。
3. 仕事の縁とは本質は信義に基づく繋がりであり、その理解抜きに地理的近接、時間で区切られた役割の拘束、自己都合で脱退可能、といいったいずれの成分でもただ一つでは表しつくせないはずです。
4. ネットワーク上の縁、これは他の縁に比べ自由さが突出しており、自己都合での脱退にほとんど何の制約もない。この繋がりが個人の生命活動にとって物理的にご利益を有するのはまあ自室で倒れた時Webカメラで見てる人が救急車を呼んでくれるときぐらいのものでしょう。(自力でネットワークで助けを求めるのは単にシステムの利用操作なのでここで言う「縁」からは除外。)
というわけで、「縁」というのは必要欠くべからざるものとしてこれからもあり続けねばならない。その崩壊傾向を啓蒙した意味でNHKの番組は意義があったと思います。
ただし、その正しい解決は雇用の流動化の促進による真に公平な雇用状況の創出、すなわち全ての人が取りすぎず、取られすぎず、個々人の貢献への見返りとして市場原理で決まる適正な利益を得るという状況を現出させることでありましょうけども。