相撲の八百長から始まって、電波行政からDVRまであらゆる分野で「相撲部屋」的な構造があることをみてきた。誰でも抱く疑問は、なぜ日本人はどの業界でも同じパターンの失敗を繰り返すのかということだろう。その原因は契約理論で説明できる。

多くの人々が組織で行動するとき大事なのは、交渉問題をいかに減らすかということだ。標準的な契約理論では、資本家と労働者が1回限りの契約を結ぶことを想定するが、こういう場合は契約を結んで相手が投資したあと裏切って再交渉することが合理的になる。

この問題を解決する一つの方法は、命令系統を決めて裏切りを許さないことだ。垂直統合は資本家を決定権者とするタテの組織で交渉問題を避けるメカニズムだが、職能集団の集合体なので職域を超えたヨコの動きがむずかしい。欧米企業では一つの部門で採用した社員を他の部門に異動することはまずなく、解雇するしかない。このため一つの企業に多くの産業別労組ができ、労使紛争が起こると会社が麻痺する。

これに対して日本の組織は、交渉問題を会社や系列の長期的関係(繰り返しゲーム)に帰着させて「貸し借り」の関係で調整するものだ。これは組織で長期的に得られるレントを平等にわけあうことで利害調整するしくみで、企業内ネットワークで労働者を異動させることで自動車や家電のような連続的に変化する市場に対応しやすいが、組織の成長が止まってレントが失われると調整メカニズムが機能しなくなる。

他方、ITのように部品がモジュール化されて中間財のグローバルな市場が成立すると、独立性の強い専門企業が有利になる。ここではハードウェアはすべてアジアのEMSに外注して本社はソフトウェアに特化するといった契約関係で企業が仮想的に統合される。つまり技術アーキテクチャと組織形態には
  1. 伝統的な製造業:垂直統合
  2. 自動車・家電:長期的関係
  3. デジタル技術:契約ベース
という3つのペアがあり、これ以外の組み合わせは非効率になるのだ。拙著ではこの問題を技術アーキテクチャに組織が適応するという論理で考えたが、実際にはそういう適応はむずかしい。技術は市場で急速に変わるが、組織形態や行動様式は歴史的・文化的な要因で決まり、単独の企業や個人が変えることはできないからだ。

実際には、すべてのアーキテクチャに対して同一の組織形態が選ばれる。移民の集合体であるアメリカ人は互いの信頼関係が弱くエイジェンシー問題が起こりやすいので、タイプ1か3が適している。他方、日本人は同質的で「空気を読む」傾向が強いため、契約ベースの組織には適応できないので、つねにタイプ2が選ばれる。

たとえばシリコンバレーのベンチャーは80年代にDRAMで日本企業に敗れ、「独立性が強すぎ、企業規模が小さすぎる」と批判されたが、そういう組織形態を変えないでソフトウェアやインターネットなど彼らの優位の生きる分野に転身した。他方、日本人も長期的関係を自覚的に選んだわけではなく、自分たちのやりやすいように組織をつくった結果、たまたまそれが20世紀後半の知識集約的な製造業に適していたにすぎない。

すべてのテクノロジーを「相撲部屋」型の長期的関係に帰着させる日本人の行動様式の根底には、1000年以上つづく中間集団の安定した日本社会の構造があるので、それを変えることは非常にむずかしい。これは自動車など補完性の強い産業では今でも合理性があるが、IT産業ではタイプ3の技術アーキテクチャとタイプ2の組織構造が不整合になり、非効率な結果をまねいてしまう。

行動経済学の言葉でいえば、アメリカ人はすべてを個人というフレームで見るのに対して、日本人はすべてを長期的な人間関係というフレームに引き込もうとする。こうしたフレーミングは意思決定に先立つので、合理的なロジックで変えることはむずかしい。もちろん法律で変わるものではなく、既存の企業が単独で変えることも困難だ。基本的には、新しい企業が古い企業を倒すことによってしかフレーミングは変わらない。それが日本の必要とする本質的なイノベーションである。