安藤至大氏のTogetterに、小倉秀夫弁護士に対して多くの人々が続けている涙ぐましい説得工作がまとめられている。しかし彼を論理的に説得するのは不可能である。当ブログの読者はご存じのように、私を含めて多くの人が試みてあきらめた。

安藤氏はこの弁護士を詭弁のスペシャリストとほめているが、彼の議論は詭弁ではなく、単なるである。彼のいう「エブリデー賃金オークション」なるものはどこにも存在しない。彼にとっては「雇用規制を強化することが善だ」という結論が最初から決まっていて、それを導くためには嘘でもデタラメでもいいのだ。

ここまで愚劣なのは珍しいが、詭弁や錯誤の例には事欠かない。岩田規久男氏の新刊『経済学的思考のすすめ』には「帰納法で議論するのはトンデモ経済学で、本当の経済学は演繹法で議論する」と書かれている。そこで彼は帰納法の一つとして「アブダクション」をあげ、次のような推論がその例だという:

「Aは努力したから金持ちになった」したがって「金持ちになるには努力すればよい」

これはアブダクションでも帰納でもなく、後件肯定の虚偽という詭弁である。岩田氏は「経済学は仮定にもとづいて演繹するから科学的だ」というが、その仮定はどうやって導くのか。仮定が誤っていれば、演繹の推論が正しくても結論は偽である(*)アブダクションとは、仮定を発見する方法論としてパースが提案したものだ。

したがってこのような錯誤によって展開される岩田氏の「経済学的思考」の結論は誤りである。「量的緩和でインフレになる」という仮定が事実によって反証されているのに、彼はそこから「量的緩和をもっとしない日銀はバカである」とか「デフレが続くのはインフレ目標を設けないからだ」といった結論を演繹しているが、これらはすべて偽である。誤った仮定から正しい結論を導くことはできないからだ。

事実から仮説を帰納するアルゴリズムが存在しないというヒュームの問題は、近代哲学の最大の難問である。アブダクションはそれに対する解答の試みだが、成功とはいいがたい。たぶんタレブもいうように、そういうアルゴリズムがあるはずだと考えること自体が間違いなのだろう。しかし上のような低レベルの嘘や錯誤や詭弁をみていると、まず普通の論理学の教育が(弁護士や大学教授にも)必要だという気がする。

(*)ツイッターで指摘されたが、厳密にいうと、誤った仮定からは任意の命題が導けるので、結論には意味がない(対偶をとればわかる)。