途上国化する日本 (日経プレミアシリーズ)いま「イノベーションの法則」というメールマガジンの連載を本にまとめているのだが、関連する文献を読んでいるうちに、だんだんわからなくなってきた。日本が高度成長を遂げた原因は、トヨタ生産方式などのイノベーションだということになっているが、最近の実証研究ではトヨタの工程はフォードのまねらしい。「日本的経営」がすぐれているという神話も否定され、高度成長は技術移転と人口増加と人口移動でほぼ説明がつく。

特に90年代以降の日本の長期停滞を考える場合、イノベーションでそれを解決するというのは絵空事だろう。成長理論でいうイノベーションは、生産可能フロンティア上で生産しているとき、そのフロンティアをさらに上げることだが、ワイルもいうように、経済がフロンティア上にあることはまれだ。途上国の問題は、さまざまな制約によってフロンティアからはるかに下の状態にあることなので、それを改善するには通常の成長理論は役に立たない。

日本も「途上国化」しつつある。本書はそれをグローバル企業の競争力強化で解決しろというが、これは無理だ。グローバルな製造業の競争力はすでに十分強い。生産性本部の統計によれば、主要産業の労働生産性の対米国水準比は
  • 製造業:73.9%   
  • 電気ガス:55.0%   
  • 運輸:52.3%
  • 卸小売:44.1%
  • 飲食宿泊:37.4%
飲食業の技術水準が3倍も違うとは考えられないので、日本の飲食業は明らかに技術フロンティアの上にはなく、単にアメリカ並みに効率を上げるだけで生産性が3倍になる。つまり日本経済の足を引っ張っているサービス業の問題はイノベーションではなく、規制や雇用慣行や業界秩序などによる非効率性なのだ。

新古典派的に考えると、限界生産性の低いサービス業から高い製造業へ労働人口が移動して生産性が均等化するはずだが、現実には逆に生産性の高い製造業の雇用が減り、サービス業の雇用が増えている。これは日本だけでなく先進国で共通にみられる現象で、これをどう説明するかは重要な問題である。

一つの仮説は、両者は別の市場で競争していると考えることだろう。トヨタやパナソニックはグローバルな市場で闘っており、今でも中国に比べれば(単位労働コストでみた)生産性は低いので、労働移動は中国に向かう。他方、飲食業は国内だけで競争しているので、生産性をそれほど上げなくても利潤が出る。したがって製造業で吸収できなくなった雇用をサービス業が吸収しているわけだ。

だからまず必要なのは、本書の提言とは逆に、非効率な「内需型産業」を温存している参入障壁を取り除いて国内・国外との競争にさらし、雇用規制を緩和して労働移動を促進することだろう。たとえば医療・福祉・教育・法律などの分野は、免許に守られた非効率なサービスがまかり通っているが、職業免許を撤廃して資格認定にすることも重要な制度的イノベーションである。

・・・というわけで、本書のタイトルは魅力的だが、内容は的はずれである(この記事の内容は本書とほとんど関係ない)。