日本経済もIT産業も元気がない。孫正義氏のような起業家が100人ぐらい出てくるだけで、日本は元気になるだろう。ただし彼が経営の天才だからといって、すばらしい「成長戦略」を立てられるとは限らない。経済学にも成長理論という分野があり、多くの研究の蓄積がある。それを無視して企業経営の延長上で論じると、すでに誤りだとわかっている落とし穴に落ちる。残念ながら、彼の「情報通信戦略」には、そういう落とし穴が多い。
どの産業で伸ばしたらいいのか、というのがまさに戦略。国家戦略になるんではないか。私は思います。成長産業への集中的なヒト・モノ・カネのシフト。会社の経営で言えば、伸びる事業部にヒト・モノ・カネを寄せる。衰退する事業部、赤字の事業部から、これから新規に伸ばせる事業部、儲かる事業部にヒト・モノ・カネをシフトする。会社で言えば当然のことですよ。国家経営でもまったく同じだ。
最大の落とし穴はこれだ。こういう政策はターゲティング政策といって、日本ではことごとく失敗したことが実証されている。包括的なサーベイとしては大来洋一氏の本をおすすめするが、特に情報通信政策では、経産省と総務省を合わせて0勝50敗ぐらいだ。経済政策は企業経営と違って、何が成長部門であるかを政府が決めることはできないのだ。もし誰の目にも明らかな成長産業があるなら、政府が介入しなくても民間がやるだろう。政府の補助が必要なのは、インフラや長期資金が制約になっている場合に限られるが、今の日本にそういうボトルネックはない。

日本でブロードバンドの普及を促進したのは、ターゲティング政策ではなく、NTTの通信回線を開放させた規制改革で、これを成功させた最大の要因は孫氏の起業家精神だった。それが成功体験になって「政府の規制で一発あてよう」という計画がソフトバンクから何度も出てくるが、ADSLはいろいろな偶然の重なったまぐれ当たりで、こういう幸運が二度あるとは思えない。

教育や医療などサービス業の効率が低いという問題は孫氏が指摘する通りだが、これは「デジタル教科書」や「医療クラウド」に政府が補助金を投入することで解決するような単純な問題ではない。教科書やカルテの電子化は必要だが、それを政府が全国一律にやると、計画経済の落とし穴に落ちる。教育も医療も、政府が過剰に介入する計画経済が問題なので、孫氏の主張するようなバラマキは事態を悪化させるおそれが強い。

「光の道」については、ソフトバンクが工事費など4.6兆円を出すという新提案が出ているが、これも国やNTTなどと共同出資では実現不可能だ(NTTはSBに絶対に同意しない)。やるなら、本当にソフトバンクが1社でやるしかない。NTT法を廃止して、ソフトバンクがNTTを買収するのがベストである。これなら孫氏の自由にやれるし、失敗してもソフトバンクが損失を負担するなら誰も文句はいわない。

もう一つ気になるのは、「情報アクセス権」や「全国すみずみまで」という話がよく出てくることだ。このように地方まで「あまねく公平」に開発を行なう田中角栄以来の国土計画が、日本の成長率が低下した要因だ。今後、人口の減少する社会では、逆に都市再開発によって「選択と集中」を進めるべきである。

インフラ投資やバラマキ補助金に重点を置く孫氏の計画は、ひとことでいうと国家資本主義である。明治時代なら、それでよかったかもしれない。インフラが貧しく、民間企業も市場経済も発達していなかった時代なら、坂本龍馬のような英雄が国民を引っ張ってゆくことが近道だった。しかし日本は、もう発展途上国ではないのだ。成長率を引き上げる政策の基本は、労働市場や資本市場の活性化によって企業の新陳代謝を促進し、生産性を高めることだというのが、多くの経済学者の意見である。