2010年09月27日 22:41
IT

ハリウッド化するIT産業

日本のIT産業がだめになっている一つの原因は、ソフトウェアの生産性が落ち、世界に通用しなくなっていることだ。その原因を中島聡氏はこう説明する:
米国のソフトウェアビジネスにとってのソフトウェアエンジニアは,球団経営における野球選手のような存在。ストックオプションなどを駆使した魅力的な雇用条件を提供して優秀な人材を集め,スポーツ施設や無料のレストラン,広い個室などの心地良い労働環境を提供して,彼らの生産効率を上げることが,ビジネスを経営するうえで最も大切なことの一つである。
これに対して、日本のソフトウェアはITゼネコンと呼ばれる大手ベンダーが受注し、仕様を決めて下請け・孫請けに発注する多重下請け構造になっている。この結果、日本のソフトウェア開発には次のような特徴が生まれた:
  • 労働集約型のビジネスモデル:コストを「人月」で計算し、価格を「原価+適正利潤」で算出する
  • 開発の下請け化:ソフトウェア開発のほとんどは下請けや派遣労働者が行ない、ITゼネコンは仕様の決定と工程管理を行なうだけ
  • ウォーターフォール型の開発:工程が階層型になっているため、所定の仕様にもとづいて下請け・孫請けに出され、イノベーションが生まれない
中島氏もいうように、アメリカのソフトウェア技術者はスポーツ選手や芸能人に似ている。才能のあるスターを何人もっているかで競争力が決まるので、IT企業はハリウッドのスタジオのような専門家集団になる。その中心はエンジニアやプロデューサーのようなクリエイターで、ホワイトカラーはスターをサポートする芸能マネジャーのような存在だ。

それは偶然ではない。情報機器はもはや事務機ではなく遊び道具であり、IT産業はエンターテインメントに近づいているからだ。日本のIT業界でほとんど唯一、世界レベルの競争力をもつ任天堂も、120年前から「遊びの会社」であり、そのDNAがイノベーションに結びついている。ゲームソフト業界は非常に人材の流動性が激しく、それが創造的なエネルギーになっている。

ところが日本では、中核業務であるソフトウェア開発が下請けに出されているため、エンジニアは低賃金・長時間労働を強いられ、技術が親会社に蓄積しない。この一つの原因は、雇用慣行と解雇規制である。大企業では社員を解雇できないので、専門的な技能をもつ人材を直接雇用すると、その技術が必要なくなったときクビにできない。そこで社員としては何でも屋のサラリーマンを雇い、専門的な仕事は下請けにやらせるわけだ。メディアにも、同じ構造がみられる。

だから労働市場の硬直性は、単なる雇用問題ではない。JBpressにも書いたが、日本の労働市場は構造的なミスマッチが大きく、人材の流動性が非常に低いことが長期低迷の大きな原因だ。「1に雇用、2に雇用、3に雇用」などといって中高年の正社員の既得権を守る民主党政権では、ITゼネコン構造は是正できず、日本経済の停滞も終わらない。


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トラックバック一覧

  1. 1.

    [日本企業は世界で生き残れるか?]海外で仕事をするプログラマーはなぜ日本はダメだとか言いたがるのか

    日本にそんなにこだる必要があるのか? なぜ日本のソフトウェアが世界で通用しないのかを読んでいてふと思った。もう、そんなに「日本、日本」と母国にこだわる必要があるのだろうか、と。 中島さんが言う。 ソフトウェアエンジニアはスポーツ選手でありアーティストである

コメント一覧

  1. 1.
    • juko_7
    • 2010年09月27日 23:07

    いつもながら深いですね。僕は10年ほど池田さんの著作を読み続けています。来月もよろしくお願いします。

  2. 2.
    • 池田信夫
    • 2010年09月28日 00:05

    専門家からツッコミが入るかもしれないので補足しておくと、多重下請け構造はソフトウェアだけではなく、自動車や家電でも同じです。自動車の系列構造も長期雇用のバッファとして下請けを使うもので、かつては「下請けいじめ」が問題になりました。

    しかしこういう「補完性」の強い産業ではウォーターフォール型の「丸投げ」ができないので、「デザイン・イン」のような形で下請けとの情報共有が行なわれます。ところがソフトウェアはインターフェイスが固定されているので、丸投げできてしまう。このほうがオーバーヘッドは軽くなり、コストは削減できるのですが、コア業務がすべて下請けで行なわれる結果になる。テレビなども同じで、このほうがコストはたたけるが創造的なものは出てこない。

  3. 3.

    僕がよく言う営業文句で「都合のいい時に雇って都合が悪くなったらクビ切ってください。必要あればプリンタで御社の名刺に僕の名前を入れて客先に行きますので」と言うと非常にありがたがられます。労働市場の硬直性は我々フリーランスにとっては大変ありがたい状況です。そして東京のように法人や案件がたくさん有る街ではむしろ正規雇用されていない方が、雇用も収入も安定しているんですよね。(無論できない人間には仕事は無いでしょうが)
    世の中の低迷は憂慮すべきなのでしょうが、小市民は生々流転の運命に賢く立ち振る舞わなくてはいけませんものね。

  4. 4.
    • pacta
    • 2010年09月28日 07:35

    スポーツ業界に例えると、競争力を得るために何をすればよいか分かり易いですね。
    日本経済が停滞から脱出するために雇用の流動化が必須なのは同意見です。
    加えて、日本が世界経済のトップでありたければ、労働者の多国籍化も必要だと思います。
    これは、米国でイノベーションを起こした企業の創業者に移民が多いこと、大リーグや欧州サッカーリーグが多国籍化していることからも明白です。
    そのためには、英語の公用語化や資本市場の解放などが必要ですが、果たしていつになるか、そもそも出来るのか・・・。
    10~20年単位で、先は長いと思わざるを得ません。

  5. 5.
    • heridesbeemer
    • 2010年09月28日 09:29

    私は、USで8年ほど仕事してたけれど、日本とUSのホワイトカラー、ソフトウェア屋の環境で、決定的にちがうのは、


    1. パーティションか個室の環境が、ウェスタンワールドでは普通。なにも、ソフトウェア開発にかぎらない。事務職だってそう。

     日本では、相互監視がないと、NHK職員のように勤務時間中にインサイダートレーディングしたり、さぼったりしてないか、不安でしょうがないので、大部屋が多い。
    (Peopleware/ T. Demarco& T.Lestonは、ソフトウェア開発の世界で名高い本で、オフィスの作り方から書いてあり、日本でも訳本は出たが、日本にはほとんどインパクトは与えなかった。というのは、ほとんどの場合、決定権限は、経営も技術もわからないマルドメの社内水泳術の達人の老人だったから)

     結果として、自分の頭で物を考える、とか、本を読んでいる、というのは、少ないという印象がある。自分で考えるより前に、隣の金太郎飴の意見を聞いているような。

    2. USでは、首を切られるとか、部門まるごとお払い箱になるというのは、よくあることだ。だから、個人個人の意識がどうしても違う。自分のことは自分で考えないといけないのが当たり前。
    日本は、大きなところだと、しがみついていこう、ということでやっていけなくもない。
     全部が全部そうだとはいわないが、マクロな視点でみると、社会を構成する人々の意識には、相当な差があると思う。

     こういうのは、なかなか、変わらないと思う。あと、15年は、かかるかな?





  6. 6.
    • Dr. OK
    • 2010年09月28日 10:55

    なるほどなるほど。

    トヨタの下請けいじめのニュースを聞いたときに「そもそも何故、下請け会社の社員がトヨタの正規社員として組み込まれていないのか」と思っていました。やはりホワイトカラーの正社員の解雇規制による犠牲者ということになるんですね。本来高い技術者には高給を与えて非正規にするのが合理的なのでしょうか。

    日本の技術者が高い技術を提供しても安く見られて辛抱して来たのは、彼らの職人気質が日本に伝統的にありそれがまだ保たれていたからだと思います。Globalな経済では、原則として有能な人に高給を、誰でも出来る仕事には相応の、とならざるを得ません。職人は高給であるべきです。

    JALの社員が強制解雇になりそう、と本日の記事をみました。社員の反発があるそうなのですが、本当に更生法など使わずつぶせばよかったのにと思います。税金で救われた事に対する反省が足りなすぎるのではないでしょうか。航空業界なぞまさにGlobalな産業なはずなのですが・・・

    スポーツ選手の激しい競争社会を多くの人は肯定的に見ているのに、それは労働者の世界とは絶対に違う、と思ってしまうんでしょうね。

  7. 7.
    • zushitaka
    • 2010年09月28日 12:10

    一事が万事ですね。IT業界も政府もすべて退行しています。現在の日本のデフレは日銀の金融政策のせいではなく、ロシアや中国などのかつての共産主義国が資本主義化したのに、日本が逆に社会主義化していっていることが最大の原因でしょう。経団連とか連合とか電通とか大手マスコミとかITゼネコンとか、すべて中国や旧ソ連の国営企業とか集団農場とか、そんなイメージしか湧きません。新しい新興勢力が出てきたらメディアや秘密警察(日本では特捜検事)を使って叩き潰すところもそっくりです…

  8. 8.
    • rinkai220
    • 2010年09月28日 16:10

    そもそも市場を創出しようとする米国のITサービサーと日本の大手ITベンダーを較べようとする事自体、ナンセンス。
    日本のITベンダーは、顧客の要求に従って一品物のオーダーメイドのシステムを作るのが仕事であって、新規の技術などリスクを伴うものは、むしろ邪魔。
    日本のソフトウェアの生産性が悪いのは、品質が高いから。
    日本市場で、日本のベンダーがパッケージを売ろうと思えば、品質を良くしないと売れない。ハードウェアに要求される品質レベルを、ソフトウェアにも要求するのが日本の市場。ところが、何故か海外のパッケージだと低品質でも容認してしまう。マイクロソフト製品の品質が悪くてもしょうがないなと諦めて使うのが良い例だ。
    当然ながら、品質を高めようとするとコストが嵩む。海外のソフトが80%の品質で市場に出すのに対し、日本メーカーは100%に近づけようとする。80%を100%にする為の労力は、100%にしたときに掛かる労力全体の80%を使う、生産性が低いのが当たり前。
    大手ITベンダーに技術が残らないと言うのも嘘。
    オーダーメイドのシステムを構築し、安定した運用をする為のパーツとしてソフト開発の占める比重は低い。もっと大切な技術はたくさんあり、そこを押さえているのが大手ITベンダー。

  9. 9.
    • mekashin1
    • 2010年09月28日 17:01

    いつもながら極端ですね。
    MBAだけみて野球のすべてを語るようなものです。

    ITはもう電気や水道のようなもので
    ほとんどの費用、労働内容は保守管理です。
    ものすごくトップの話でしょここでいうようなことは。
    それが日本にないのは事実なんだろうけど。

    雇用の流動化をしなければならないのでしょうが
    老人や世間からズレたおばちゃんは反対する。
    一応何とかしがみつけるものがある人も反対する。
    まだその領域に入れる可能性のある人も反対する
    結局賛成する人はもうどうしようもない人か
    本当に実力だけでやっていける人だけでしょう。

    高度経済成長にできた幻想がここまで崩れてしまっているのに
    その古きよき時代に戻れるとまだみんな思っているのが問題なのです。
    精神をわずらった人が元に戻ろうとするのが無理で
    別の精神状態になるしかないというのに似ていますね。

    やっぱり破綻するしかないのでしょう。
    私なんかは2020年までに日本が破綻するときいて
    10年もかかるのかよ、
    するんなら早いほうがいいよとか思ってしまうわけです。

  10. 10.
    • sabottender
    • 2010年09月29日 00:40

     記事に関して、大方は肯定的でいます。あえて否定的な意見だけ書きます。
     単純にビジネスモデル(お金を得る仕組み)の違いだと思います。
     ITゼネコン(NTT系、富士通、日立)は、GoogleやAppleやMS, Oracleのようにヒットソフトウェアを開発すれば、多数の顧客に対して売れて利益が得られるといったモデルではなくて、特定の顧客、公共(官公)、法人や金融の基幹システムといった1顧客向けのonly oneなシステム開発が主体です。この場合は、顧客別に利益を最大化してリスクを分散させることにいきつくんだと思います。
     どんなに良いシステムを開発して顧客の利益が上がってもそれが還元されることはありませんし、良いシステムであればあるほど追加開発もありませんから、開発側がインセンティブを上げる仕組みがありません。記事で指摘している通り、ダメなシステムを作るほど追加開発があるのが実情。
     ITゼネコンを比較対象にするなら、IBMやHP, SAP, Oracle(Oracle-EBS)あたりと比較して、ソフトウェアの生産性と世界に通用しない理由を述べたほうが良いと思います。

  11. 11.
    • sabottender
    • 2010年09月29日 01:23

     コメントにある「補完性」の強い産業はウォータフォール型の「丸投げ」できないは、意味が判らない。
     ソフトウェアにおけるウォータフォール型開発の丸投げというのは、要件定義(仕様)、設計、製造、試験といった工程における作業(もしくは、上位工程以降の全て工程に対して)の下請けへの丸投げです。
     自動車産業の場合は、そもそも、仕様の段階で試作車の開発を繰り返し行っており、試作から商品化が決定した時点で、完成された設計となり、あとは量産(製造)だ。こういうのは、ソフトウェア開発ではウォータフォール開発とは言わず、スパイラルモデルのほうが近い。
     ソフトウェアではインタフェースが固定されているから丸投げして創造的なものができないというのはナンセンスな話で、ソフトウェアで創造的なものを作るならば自動車産業と同じようにスパイラルに試作を繰り返せであり、そのためには仕様から設計、製造まで出来る(ソフトウェアを開発できる)優秀なエンジニアが効率的で重要なんだ、なら話はわかります。

  12. 12.
    • ghi555
    • 2010年09月29日 18:46

    おそらく、ビジネスモデルが全然違う
    のではないでしょうか。
    ハリウッド、任天堂、マイクロソフト
    などは、コンシューマ向けに大量生産
    できるから高収益でスタープレーヤー
    がいるのだと思います。
    ITゼネコンは客先毎に大量に作業が
    発生するから労働集約なのではないでしょうか?

  13. 13.
    • katrina1015
    • 2010年10月01日 17:59

    米国に請負契約はなくてもいいはずだけど、
    そんなことはないようです。
    ソフトウェアの開発において米国は仕様凍結で発注、仕様変更は別途らしいw日本の場合は仕様変更があっても、お客は金払わんらしいwww
    日本の場合たいてい下請けにリスクをとらせますよ。米国では全く請負契約がなくても不思議ではないはずですが?
    ディヴィス・ベーコン法のような法律は
    あってもいいと思います。

  14. 14.
    • ingenvo
    • 2010年10月07日 18:41

    政府からJALや日立やITゼネコンへ流れるお金が企業への高額の生活保護になっている。
    この「生活保護」を廃止して、日本のITがハリウッド化するかどうかはわからないけど、
    年老いた生活保護企業、ITゼネコンを優遇しすぎる状況は良くないと思います。





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