When China Rules The World: The Rise of the Middle Kingdom and the End of the Western World尖閣諸島の事件をめぐる議論はすごい盛り上がりを見せ、「日比谷焼き討ち事件」のころもかくやと思わせる。私も今回の政府の対応はまずかったと思うが、中国の強硬姿勢がかつてなく激越で、しかも矢継ぎ早だったのは政府も予想外だったのではないか。これは国内問題の「ガス抜き」という面もあろうが、世界に対して「アジアのルールはわれわれが作る」ということを示す意味もあったと思う。

本書はイギリスのジャーナリストが書いたもので、タイトルはいささかセンセーショナルだが、内容はまじめなものだ。今回の事件との関連でおもしろいのは、中国が西洋世界の「法の支配」に挑戦しているという話だ。通説では、西洋が近代化によって中国を追い抜いたのは、財産権や契約などのガバナンスがしっかりしていいて市場や株式会社などの人的関係に依存しない組織ができたからで、中国も成熟すれば西洋化すると西洋人は考えているが、著者はこれに異を唱える。

イギリスが近代化に成功したのは、産業革命によって工業化した結果であって、その逆ではない。西洋が世界を制覇したのは、慢性的に戦争を繰り返し、常備軍や歩兵を自前でもつために市民権や財産権を与えたからだ。主権国家の本質は、休戦ラインで国境を画す「軍事国家」であり、中国には国境という概念はなかった。19世紀に西洋が急速に成長したのは、彼らがその軍事力で世界中を侵略し、掠奪した富で自国を工業化したからだ。それに対して中国は伝統的に防衛的で、欧米の列強に蹂躙されて没落した。

だから西洋文明の覇権は戦争が繰り返されるかぎり続くが、冷戦の終了によって世界規模での戦争の脅威がなくなると、その優位性は失われる。中国のような巨大国家を動かすには、自由主義的な資本主義より国家資本主義のほうが効率的であり、経済システムとしてすぐれていることが実証されれば、西洋もそれにならわざるをえない。中国が成熟して西洋化するのではなく、西洋が中国化するのだ。

・・・という荒っぽい話だが、読み物としてはおもしろい。西洋が軍事国家であるがゆえに世界を征服したという説は最近の歴史学でも有力で、フーコーなどとも共通している。中国がそれほど平和的な国家かどうかは今回の事件をみても疑問だが、この厄介な隣人とどうつきあっていくかが日本の最大の課題であることは間違いない。

民主的に選ばれた首相が毎年のように交替して何も決まらない日本と、一党独裁で周到な国家戦略を立てて迅速に実行する中国のどちらがすぐれているかはわからない。経済的にも、中国との競争による相対価格の低下(いわゆるデフレ)圧力や人民元のプレゼンスの拡大にどう対応するかは簡単な問題ではない。

中国は「新興国」ではなく、歴史上もっとも長く文明が栄えた国であり、いま起こっているのはその伝統的な世界秩序に戻る「リオリエント」だというのは、ウォーラーステイン学派なども主張している。そういうきびしい現実を「東アジア共同体」などととぼけたことをいっている民主党政権に突きつけた点で、今回の事件はそれなりの意味もあったのではないか。