Reinhardtが、経済学者のいう「効率性」の概念は、彼らが信じているほど価値中立的なものではないと論じている。効率性は、理論的には所得分配の公平と別の概念だが、実際には両者は分離できない。効率性を最大化する分配が所得分配を悪化させるとき、それを正当化することは不平等な分配を支持する結果になる。

学生のとき経済学のトレーニングを受けた人とそうでない人の感覚的な違いは、このへんにあると思う。経済学部の学生は、価格は資源の効率的な配分を実現するパラメータだと教わる。所与の所得分配のもとで効率を最大化するパレート効率的な資源配分は理論的に決まるが、どの所得分配が公正かは「価値判断」だとされる。これは重要ではないことを意味しないのだが、なんとなく所得分配は曖昧でつまらない問題だと思われ、その研究者は非常に少ない。

他方、政治家や官僚は逆に、分配の公平を圧倒的に重視する。たとえば周波数オークションについて経済学者が議論するのは、周波数オークションのメカニズムデザインだが、電波官僚はこういう文献はまったく読まない。彼らが気にするのは「金のある大企業が買い占める」とか「過去に無料で免許を取った企業と不公平になる」といった公平性だ。こういうのは理論的にはつまらない問題だが、こういう感情論をクリアしないと政策として実現しない。

行動経済学が明らかにしたように、公平性についての意識は効率性よりはるかに強い。効率性は進化の過程で利己心として強力に実装されているので意識する必要がないが、公平性は個体群を維持するために重要な感情として子供のころから訓練されるためだ。市場志向の政策をワイドショーの解説者が「強欲資本主義」として非難するのも、借地借家法や貸金業法などの市場をゆがめる規制を日弁連などが推進するのも、こうした部族感情に迎合する戦術としては正解である。

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その結果、日本の所得再分配では特異な現象が起きている。上の図のように、子供のいる世帯では再分配後の所得のほうが不平等になっているのだ。これは社会保障がアドホックに行なわれて高齢者に片寄り、農業補助金のように高所得者に再分配するケースが多いためである。さらに世代間の再分配を考えると、年金は巨額の不平等を作り出している。

このように行政が所得分配の歪みを作り出しているときは、まず公平性の問題を考えたほうがいい。それは生産的な世代から非生産的な世代に所得を移転することによって大きな非効率性をもたらしているが、「成長戦略」などという抽象的な議論より「世代間の不公平」という問題のほうがはるかにわかりやすい。経済学者は、行動経済学の成果を自分の成果発表にも生かしたほうがいいのではないか。