ケインズ全集 第8巻「確率論」ケインズの処女作、『確率論』の訳本が出た。私は学生時代にケインズ全集の1巻の下訳をしたことがあるが、まだ刊行されているとは驚きだ。価格は12600円なので、訳本を買うのはおすすめできないが、原著が電子書籍(無料)で読める。

本書が出版されたのは1921年。これはフランク・ナイトの"Risk, Uncertainty and Profit"と同じ年で、両方とも似たテーマを扱っている。それは社会における不確実性の扱いである。それまでの確率論は、統計力学などの物理現象を扱うもので、サイコロの目の出る確率は1/6というように客観的に決まっていた。しかし社会現象にはそういう物理的な規則性があるとは限らないので、これをどう扱うかがむずかしい問題だった。

ナイトは不確実性を客観的なリスクと区別されるものと考えたが、ケインズは両者を総合した「論理的確率」を考えた。これはラムゼーに批判され、彼の公理論的確率論がのちのベイズ理論の元祖になった。ケインズの確率論は、その「前史」として忘れられたが、いま読むとそこには別の現代的意義もある。

従来の自然科学的な確率論が演繹的な論理だけを扱っているのに対して、ケインズは不確実な現実に対処するために経験から学ぶ帰納の論理を樹立しようとした。これは哲学史上の難問であるヒュームの問題を解決しようという試みだった。

ケインズは、ヒュームのいうように帰納が論理的に成立しないことを認めつつ、蓋然的な推理の論理として確率を考えた。きょうまで太陽が昇ったことは、あすも昇ることを論理的には保証しないが、その確率が1に近いことは推論できる。確率とは、不確実な現実の中から経験にもとづいて行動するための指針なのである。これはケインズの信念であり、『一般理論』でも不確実性の問題を中心にすえている。

ナイトが不確実性に対処するシステムとして企業の経営者を考えたのに対して、ケインズは、将来が不確実なときは今までどおり行動し、投資収益が不確実なときはリスクのない貨幣をもつ流動性選好を考えた。このような金利生活者の現状維持的な行動が投資を抑制し、不況を長期化するというのが『一般理論』のコアである。

これは1930年代の大恐慌の説明としては間違っていたが、むしろ現代の日本の長期停滞に当てはまるかもしれない。個人金融資産の半分以上が預貯金で、銀行が融資しないで国債を買う現状は、日本人が不確実性に対処する方法を知らないことを示している。