週刊ダイヤモンドの特集で、神野直彦氏が「強い社会保障、強い財政、強い経済」の説明をしている:
GDP比で20%の税収、26%の歳出があるとすれば6%分が赤字となり国債で調達することになります。このとき、増税をして26%の税収を得るようにし、歳出も6%増やして32%にし、その分を強い社会保障の構築にあてるのです。金融市場の混乱で国債が発行できなくなっても26%分の歳出は税収で支えることができ、現在の社会保障の水準を維持できます。これが強い財政です。強い財政のもと、新しい産業構造に変えていくことで強い経済が生まれます。
何をいっているのか、さっぱりわからない。彼のいう「強い社会保障」とは要するに「社会保障費の増額」のことらしいが、増税分をすべて社会保障にあてたら財政赤字は改善できない。彼の脳内では「強い社会保障(福祉予算の増額)→強い財政(社会保障の維持)→強い経済」という因果関係になっているようだが、これは逆である。「高い成長率→財政収支の改善→社会保障費の増額」と考えるのが普通だ。経済を改善しないで「強い社会保障」は実現できない。

「強い財政で強い経済」というのも意味不明だ。彼の賞賛するスウェーデンでは90年代の金融危機後、福祉国家路線から市場重視の経済政策に転換し、「弱い企業は守らない」という原則で、企業の破綻や解雇を容易にし、産業構造の転換を促進した。ところが神野氏は「労働市場への規制を緩和すれば所得分配は不平等になる」と主張して、非正社員をすべて正社員にする規制強化を求めている。これでは産業構造の転換は実現しない。こんな人物が専門家委員長で、税調は大丈夫なのだろうか。

いま必要なのは「強い社会保障」などという無内容な政治的スローガンではなく、効率的な社会保障である。日本の移転給付(広義の社会保障)は年間約100兆円だが、そのうち53兆円が年金で、一般会計のうち17兆円が老人福祉。つまり社会保障費の7割が老人のために使われているのだ。このように老人に片寄った社会保障を行なっている国は少ない。

上の図(社会データ実録)はアゴラの記事のコメントで教えてもらったものだが、日本の子ども向け支出/老人向け支出の比率は先進国で最低で、ギリシャやイタリアと同類だ。そして出生率が低いのも、こうした老人バイアスと相関がある。金融資産の2/3をもつ老人に若年層から所得移転を行なうことは、逆所得分配になっている。

ギリシャやイタリアと日本に共通なのは、声の大きい有権者が強いということだ。自民党政権には社会保障政策がなかったので、老人の既得権を守る圧力団体のいいなりに年金や老人医療費が増額され、票をもたない子供の意思は無視されてきた。民主党の子ども手当も、実態は子だくさんの親へのバラマキに過ぎない。OECDのいうように、教育投資の収益率の高い子供に重点投資して人的資本を高める必要がある。

さらに長期的な課題としては、年齢によって所得再分配を行なう非効率な年金制度を廃止し、所得だけを基準にして再分配を行なう負の所得税(ベーシック・インカム)のような制度に転換する必要があろう。100兆円をBIとして配れば、一人あたり年80万円。4人世帯なら320万円だ。もちろん、これは現在の制度のもとで既得権をもっている老人から強い反対があろうが、500兆円を超える年金債務はいずれ行き詰まる。民主党のいう「無駄な歳出」の最たるものは社会保障なのである。