菅内閣が発足した。大した期待はできないが、首相が小野理論のバラマキ路線に傾斜してインフレ目標をいわなくなったのは朗報だ・・・と思っていたら、デフレ脱却議連なる無名議員の団体が「新内閣に徹底したデフレ対策を求める緊急提言」を発表した。なかなか笑えるので、ちょっと紹介しておこう。この提言の白眉は、次の一節である:
金融政策の指針となる物価等の適正水準について、政府が数値目標(消費者物価指数対前年比2%超など)を決定する。それに基づき、日本銀行は政策手段を独自に選択し、数値目標の達成に努める。
これは彼らがインフレ目標を理解していないことをよく示している。世界のどこにも「2%超」などというインフレ目標を設定している中央銀行はない。インフレ目標は、もともと小国の為替安定のために物価を抑制する目標として設定されたからだ。「2%超」には数万%のハイパーインフレも含まれるので、彼らは日本がジンバブエになってもデフレよりましだと思っているのだろう。
米連邦準備制度理事会(FRB)の制度を参考に、金融政策の目標として「雇用の最大化(失業の最小化)」を明記し、国民生活の安定につなげる。
これも笑える。世界の中央銀行の中で、失業率を目標に入れているのはFRBだけで、これには批判が強い。景気に配慮してインフレ的な政策がとられるバイアスがあるからだ。2000年代の住宅バブルも、ITバブル崩壊後の失業率上昇にFRBが過剰に配慮したことが一因といわれている。標準的なマクロ経済学でも、金融政策の機能は価格調整を促進して自然失業率に近づけることであり、自然失業率そのものを下げることはできない。

Rajanも指摘するように、2008年の危機以降、金融理論は大きな見直しの時期にある。従来のマクロ経済学は金利や物価などのマクロ指標ばかりに関心をもち、金融システムの問題を軽視してきたため、今回の危機で各国の中央銀行は試行錯誤でやるしかなかった。最近では中央銀行の中核的な役割は金融システムの安定化であり、かつての大恐慌の原因も「有効需要」や通貨供給ではなく、金融仲介機能の崩壊だったいう評価が有力になってきた。

つまり中央銀行には、マクロ的な経済調節信用秩序の維持という二つの機能があり、ここ1年余り欧米の中央銀行が流動性を供給した理由は後者なのだが、いまだに両方を混同して「FRBは大量に通貨を供給したのだから日銀もやれ」という人が一部にいる。岩本康志氏は6月4日の日経新聞の「経済教室」で、こうのべている:
流動性の不足がない状況での大量の流動性供給には意味が乏しいのに、量的緩和を求める声は一部に根強い。量的緩和政策はゼロ金利からの一層の金融緩和であるという観念がかつての経験から築かれていることが、量的緩和政策の受け入れを難しくしているのかもしれない。
選挙向けの人気取りでインフレ目標をかつぎ回る政治家や、それをあおって「日本経済の問題が簡単に解決する」と称する自称エコノミストは、日本にしかみられない奇観である。少なくともRajanの本ぐらい読んでから、金融を語ってほしいものだ。この本にはdeflationもinflation targetingも出てこないのである。