NIRAから、福祉政策についての研究報告書を送っていただいた。基本的な考え方は、先日の片山さんとの議論とよく似ているが、政策としての実現可能性に配慮して具体的な提言をしている。その柱は、次の3つ:
  1. 政府による公平なリスクの社会化を実現する:高齢者世代へ偏った再分配政策のあり方を見直し、各世代がリスクを公平に分かち合うことのできる制度に変更する。給付に当たっては、ターゲティングの考え方に基づき、真に保障を必要とする人に限定した再分配を行うとともに、窓口における行政の裁量性を排除する。

  2. 市場メカニズムを最大限に重視した政策を実現すると同時に、市場での競争を支えるインフラ整備を行う:規制緩和をはじめとする市場メカニズムを活用した効率性重視の政策を実現し、企業の競争力を強化する。また、企業や個人がリスクを取ることができるように金融市場を活用したリスク・シェアや寛容な破産法制の整備を行う。

  3. 雇用規制による一律の保護ではなく、個人が自分にあった働き方を主体的に選択できるようにする:規制によって個人を保護するのではなく、個人が、自分に合ったリスクとリターンの組み合わせを選択し、主体性を発揮できる社会を築く。同時に、性別・雇用形態・年齢によって差別されない公平な社会を築く。
戦後の日本社会の安定を支えてきた「共同体」(特に企業)に依存した福祉レジームがもう維持できなくなり、個人をベースにした透明で公平な所得再分配に移行せざるをえないという点は、おそらく多くの経済学者のコンセンサスだろう。そのためには、企業が労働者の人生を支配する代わりに死ぬまで面倒をみるシステムを変える明確な「レジーム転換」が必要だ。

ところが報告書も批判するように、派遣労働の規制を強化したり雇用調整助成金で過剰雇用の負担を企業に押しつけようとする民主党の政策は、低負担の「自由主義レジーム」と高福祉の「社会民主主義レジーム」のいいところをつまみ食いしようとする矛盾したものだ。それは2010年度予算で明らかになったように、財政破綻のリスクを高めるばかりでなく、世代間の不公平をさらに拡大する。

財政的な余裕のない中で、この報告書の提言するようなレジーム転換を行なうことは、きわめて困難である。問題は、民主党政権にそのようなアジェンダ設定さえないことだ。少なくとも支離滅裂なバラマキ福祉を「いのちを守りたい」などという美辞麗句でごまかそうとする鳩山内閣が退場しないかぎり、何もできないだろう。