アゴラ連続セミナーの4・5月のテーマは「イノベーション」。今さらという人もいるかもしれないが、18日に出た日本経団連の提言を読むと、まず「イノベーションとは何ではないか」を経営者や官僚に理解してもらうだけでも意味があるような気がする。経団連は、政府が「イノベーション・ハブ」をつくって技術革新を推進し、「知的財産保護を強化」するよう求めているが、こういう官民の合意によってイノベーションが生まれることはありえない。経営者はイノベーションを、マーケティング調査→社内のコンセンサス→技術開発→製造・販売という単線的なサイクルで考えるが、それは神話だと本書は断定する。
たとえば、かつて洗剤の史上最大のヒット商品となった花王の「アタック」は、小型の洗剤が売れるというマーケティングによって開発された製品ではなかった。当初の宣伝コピーは、酵素を使って「バイオが白さを変えた」というものだったが、いつも重い洗剤の箱を持ち帰る主婦が、その半分以下の重さですむアタックに飛びついたのである。
開発者も驚くようなイノベーションは、このようにマーケティングと関係なく生まれることが多い。特にIT機器やサービスになると、その傾向が強い。ITというのは基本的に生活必需品ではないので、iPodにせよFacebookにせよ、ブランドイメージやセンスなどの意味的な要因でヒットするものが多い。
いま必要なのは、市場の要望を組織的に「帰納」する論理実証主義型マーケティングではなく、個人が仮説を立てて市場に提案する芸術型イノベーションだ、と著者はいう。そこには決まった手順も多くの人々のコンセンサスもなく、一人のアーティストが一貫した意味を創造することが重要だ。それが市場に受け入れられるかどうかはやってみないとわからないが、プレゼンテーションのセンスまで含めてイノベーションなのである。
この観点から著者は、消費者が(所与の)効用を最大化するという経済学の功利主義を否定する。むしろイノベーションのモデルとなるのは、行動の隠れた意味を分析するエスノメソドロジーのような社会学や、認知意味論のような言語学の方法論であり、その基礎にあるのはポストモダン的な懐疑主義だ。霞ヶ関や財界の主導する「イノベーション立国」などという発想は、ほとんど名辞矛盾である。
日本の企業が立ち直るには、こうした発想の転換が必要だと思うので、セミナーでは現場のビジネスマンの皆さんと議論したい。
追記:本書は科学哲学をベースにしているのでかなり抽象的だが、著者の近著は具体例に即してマーケティングを論じている。




池田信夫『もし小泉進次郎がフリードマンの「資本主義と自由」を読んだら』
田原総一朗『生存への契約 誰がエネルギーを制するか』
池田信夫『イノベーションとは何か』
田原総一朗『日本の官僚 文部省・建設省・厚生省・郵政省編』
西和彦『ベンチャーの父 大川功』
3・11後 日本経済はこうなる!
古典で読み解く現代経済
日本経済「余命3年」:財政危機をどう乗り越えるか
新・電波利権
宗教を生みだす本能
福田恆存 思想の〈かたち〉
中国化する日本
Thinking, Fast and Slow
Debt: The First 5,000 Years
Atomic Awakening
Power to Save the World
ジョーンズ マクロ経済学
放射能と理性
気候変動とエネルギー問題
ゲーム理論による社会科学の統合
エネルギー論争の盲点
Rational Choice
丸山眞男――理念への信
デカルトの誤り
Energy Myths and Realities
Civilization: The West and the Rest
The Enlightened Economy
Violence and Social Orders
コメント一覧
企業は我々のようなフリーランスへの採用(発注)や企画の採用を増やして欲しい。人件費という固定費を維持しつつ、社員にイノベーションを求めるのは難しい。我々よそ者の意見を入れてうまく行かなかったら僕らに責任を負わして放逐すればいい。その代わり責任を負えるほどの財もないので、僕らは常にダメもと根性で開発に取り組みますが。それでもクビ切れない正社員より扱いやすいと思うのですが・・・
>>いま必要なのは、市場の要望を組織的に「帰納」する論理実証主義型マーケティングではなく、個人が仮説を立てて市場に提案する芸術型イノベーションだ、と著者はいう。
全くその通りだと思います。「改善」とも「職人技」とも「マーケティングデータ分析」とも違い、芸術的な「閃き」と「センス」が求められるのだと思います。しかしながら、日本の大きな会社はそういうのを取り込んだり活かしたりするのがあまり得意じゃない。学歴偏重、全体主義的、年功序列型の会社組織で「芸術型イノベーション」と言っても馴染まないだろうと思います。
"いま必要なのは、市場の要望を組織的に「帰納」する論理実証主義型マーケティングではなく、個人が仮説を立てて市場に提案する芸術型イノベーションだ、と著者はいう。そこには決まった手順も多くの人々のコンセンサスもなく、一人のアーティストが一貫した意味を創造することが重要だ。それが市場に受け入れられるかどうかはやってみないとわからないが、プレゼンテーションのセンスまで含めてイノベーションなのである。"
について全く同感ですが、普段からお使いになられている「帰納」の意味的理解に誤解が生まれないかと危惧しています。
帰納の対語は演繹です。改善すべきは演繹的思考への偏重であり、不得手な帰納的思考を使いこなせるようになることではないでしょうか(これは言語技術の習熟により改善できます)。
ステップ1.認知、仮説(帰納的思考)
ステップ2.実証、検証(演繹的思考)
ステップ3.展開、プレゼンテーション(帰納的思考)
仮にイノベーションをこのような枠組みで捉えると、ステップ1とステップ3の帰納的思考に課題があると言えるのではないでしょうか。
マーケティングの先進企業も似たような取り組みをしていると理解しています。
グローバル化と情報化で生活様式が大きく変わった欧米社会と比べて、変化に乏しい日本社会からは、古臭い芸術家しかでてこなくて、ローカルで退屈な意味しか創造されなくなったとも思えるのですが如何でしょうか。エスノメソドロジーのような行為論ではなく反対の構造的な視点です。
伊藤園の「お~いお茶」や、ソニーのウォークマンが
発売前に社内で大反対にあったのは有名な話ですね。
ヒット商品を出した会社の社長(社名は失念)がいうには、
何がヒットするかはわからないので役員会で検討する。
ただ、過半数の人が賛成するようなものはまずヒットしない。
8割から9割の人が反対するような新商品が大ヒットする。
イノベーションがおきるとき、ほとんどの人はその商品や
サービスの価値を理解できないということらしいです。
ワンマン社長がトップダウンで決めるしかないようですね。
>こういう官民の合意によってイノベーションが生まれることはありえない。
同感です。でも、例えば最近の経済産業省の「官民連携」で新興国にインフラや原発を売っていこうという話。省益拡大のための役所ビジネスモデルとしては、芸術的イノベーションだったのかもしれません。
事後的にしか何がうまくいくかはわからないというのはそのとおりだと思うのですが、
それに代わる要素として「センス」とか魔術的な概念を持ち出すのはどうなんでしょう。
無数の試行錯誤の中から偶々いくつかのイノベーションが生まれるだけのものを
うまく解する為だけに持ち出された中身のない言葉のように思えるのですが。
「センス」自体を解説された本などありましたら教えていただけると参考になります。
難しい理論や方法論より、社会現象だと思います。
作れば売れる時代には放って置いてもイノベーションは起こったでしょう。
リスクよりチャンスの方が遥かに大きいから。
散々言い古されている理由で、今の日本はリスクだらけなのです。
そこら中に落とし穴があって、勝ち組と言われる人達も、いつ不運にもババを引いてしまうかも知れません。
歴史的にハイパーインフレ時には、寿命が顕著に短くなり、出生率も大幅に下がります。
人間とは、そんな弱い動物なのです。
それを理解して、リスクだらけの時代には政府がそのリスクをどんどん引き受け、関与しない限り解決できません。
リスクを下げ、出生率を回復させ、優秀な人材をどんどん育てる以外にイノベーションを活発化させる方法はないのではないでしょうか。
旧来型のイノベーションの方法は管理がしやすくリスクが少ないので日本では好まれていると思います。しかし、現在、日本で言われているイノベーションがシュンペータの意図としたものなのか。いずれにしても時代の変化とともに芸術型イノベーションのようなものにシフトしていく必要があるでしょう。
takarayui さん
>ヒット商品を出した会社の社長(社名は失念)がいうには、
>何がヒットするかはわからないので役員会で検討する。
>ただ、過半数の人が賛成するようなものはまずヒットしない。
キングジムのことではないでしょうか。ポメラのヒットについて。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20091120/340855/
>8割から9割の人が反対するような新商品が大ヒットする。
sincerely_hope_0304 さん
コメント、ありがとうございます。
もっと前の製品だったと思います。
たぶん、伊藤園の社長の話だったと思うのですが、
健忘症でよく覚えていません。
池田先生の講義
http://www.youtube.com/watch?v=Lek8M_UEtX8
を拝見したときも思いました。
イノベーションを起こす人って、経験的に
イノベーションを起こすコツを知っているのかな?
イノベーションのもとは発明ですから、意外と簡単に
思いつくのかもしれませんが、いつもいつも考えている人に
神様がヒントを与えてくれるものだという人もいます。
できるできないは別にして大事なことは
考え続けることなのでしょうね。
芸術型イノベーションですか!
例えばJ.S.バッハの曲が、共同作業で作られることなどありえないなと、昔から思っていました。
優れた芸術作品は、あくまでも1人で、細部から全体まで把握しきっていると思います。一なる神の創造の御技に近いのかも...