「デフレについてどんな本を読めばいいですか?」という質問が来た。最近の政治家や素人のデフレ論議は、10年近く前に経済学者がやった論争を蒸し返している点が多く、池尾さんもいうように既視感が強い。同じ話を繰り返すのは非生産的なので、菅直人氏には無理だろうが、官邸のスタッフや秘書のみなさんには次の本ぐらいは読んでほしい:
  • Mankiw: Macroeconomics:世界標準のマクロ教科書の最新版で、公務員試験ぐらいの基礎知識があれば読める。ただしdeflationについての言及は3ページしかなく、debt-deflationで信用不安が加速する不安定化効果と、ピグー効果で実質資産が増える安定化効果の両方があると書いている。デフレで経済が崩壊するみたいに騒いでいるのは、一部の日本人だけ。

  • 『現代の金融政策』:現役の日銀総裁が教職にあったとき書いた金融政策の教科書。ゼロ金利や量的緩和は、不良債権の最終処理を支援する上では大きな効果があったが、インフレは起こらなかったと結論している。

  • 『ゼロ金利との闘い』:かつてのデフレ論争についてまとめたもの。日銀がインフレ予想に影響を与える方法についても理論的・実証的に検討し、「時間軸政策」には一定の緩和効果があったとしている。

  • 『デフレの経済学』:リフレ派の教祖の本。一般向けの本なので、どういうモデルで論じているのかがはっきりしないが、基本的にはIS-LMのようだ。ケインズ理論には予想形成が入っていないので、日銀がインフレ予想にどう影響を与えるのかというメカニズムについての説明が弱い。

  • 『この金融政策が日本経済を救う』:著者は中川秀直氏や渡辺喜美氏に強い影響を与えているので、彼らが何を勘違いしているかを理解するにはいいだろう。本書にも「マネーストック」も「マネタリーベース」も出てこず、「マネーサプライ」を日銀が自由自在にコントロールできるという話になっている。

  • 『失われた10年の真因は何か』:構造改革派のリーダー林文夫氏とリフレ派の論争。今となってはHayashi-PrescottのハードコアRBCモデルには無理があるが、素朴ケインズ理論ではなく動学マクロで問題を定式化し、論争の理論的レベルを上げた意義は大きい。
これ以外に、論争の発火点となったクルーグマン論文も必読。彼の「自然利子率がマイナスになっていることが日本経済の根本問題だ」という指摘は正しく、実質金利をマイナスにするためにインフレを起こすというアイディアもおもしろいが、日銀がインフレ予想をどうコントロールするかについては「経済学の範囲外だ」と書いている。その後、彼自身がリフレ政策を否定し、今回の経済危機では財政政策を推奨している。

なお4月上旬に『使える経済書100冊』(仮題)という本をNHK出版から出す予定。