学年末は、憂鬱な季節である。日本語にさえなっていない答案を100枚以上、採点する仕事は精神的な拷問だ。それがやっと終わったと思ったら、本書が贈られてきた。これは日本語になっているだけましだが、内容は残念ながら「不可」である(リンクは張ってない)。間違いをチェックしたら、ほとんど毎ページにあるので、それを添削することはあきらめ、根本的な間違いだけ指摘しておこう(以前の記事の繰り返しなので、興味のない人は無視してください)。本書の前半はデフレと無関係な自己啓発の話だが、後半は以前の記事でも紹介した国家戦略室へのプレゼンテーションの解説だ。彼女が延々と力説する「マイルドなインフレが望ましい」という規範的な目標は、日銀も含めて誰も否定していない。問題は、ゼロ金利のもとでインフレを人為的に起こせるかという実証的な問題である。彼女はこう書く:
私は政府が新たに30兆円分の国債を発行し、それを日銀が引き受ける方法がいいと思います。高橋是清と同じ方法です。国債の日銀引き受けは今は法律で禁じられていますが、財政法5条の規定により国会の決議があれば可能です。もちろん法的には可能だが、国債の日銀引き受けに特別な効果があるわけではない。日銀が国債を買う場合も、財務省の銀行口座に資金を振り込むので、これは実は日銀が銀行から短期国債を買って銀行の準備預金を増やす普通の買いオペとほとんど変わらない(違いは銀行による国債入札がないことだけ)。国債の分だけ財政支出を増やすなら、それは金融政策ではなく財政政策である。
だから勝間氏の推奨する30兆円の国債引き受けの金融政策としての効果は、量的緩和と実質的に同じだ。「インパクトがこれまでと違う」というが、彼女のバカにしている日銀の量的緩和で35兆円の資金供給が行なわれたことを知らないのだろうか。問題は日銀がいくらマネタリーベースを増やしたかではなく、民間に流通するマネーストックがいくら増えるかである。
ところが勝間氏の本には、マネタリーベースもマネーストックも出てこない。「お金を流してみる」といった素朴な表現が繰り返されるが、彼女は日銀が30兆円通貨を発行したら、市中に30兆円の「お金」が流れると思っているのだろうか。
基本的なことだが、マネーストック=マネタリーベース×貨幣乗数である。日銀の発行した通貨が民間で3回使われると、マネーストックはマネタリーベースの3倍になるわけだ。他方、資金需要がなくて民間で金が使われないと、マネタリーベースを増やしてもマネーストックは増えない。事実、前の記事でも紹介したように、日銀が激しく量的緩和(マネタリーベースの増加)を行なった2001~6年にも、マネーストックはほとんど増えなかった。

ゼロ金利のもとでは民間企業の資金需要が飽和しているので、それ以上マネタリーベースを増やしても、銀行の日銀口座で「ブタ積み」になり、マネーストックは増えないのだ。勝間氏が手本として推奨しているようにイングランド銀行も量的緩和を行なったが、マネーストックは逆に減少し、最近中止された。FRBもバランスシートを2倍にしたが、デフレ傾向は止まらなかった。資金需要がないため、貨幣乗数が急落して1を下回ったからだ。

同様の事態は、欧米諸国で一様に観測されており、量的緩和を再開した日本でも銀行貸し出しは減った。ここ1年半に世界で大量に供給された資金は、金融システムの安定化には意味があったが、狭義の金融政策としての効果は疑わしい、というのがIMFの総括である。
素人の勝間氏が金融を知らないのは無理もないが、この原稿は飯田泰之氏などの経済学者も見たのではないか。まさか飯田氏がマネーストックとマネタリーベースの区別も知らないとは思えないが、こんな学部学生でも落第するような答案を出版してしまう版元(文藝春秋)にもモラルが欠けている。




池田信夫『もし小泉進次郎がフリードマンの「資本主義と自由」を読んだら』
田原総一朗『生存への契約 誰がエネルギーを制するか』
池田信夫『イノベーションとは何か』
田原総一朗『日本の官僚 文部省・建設省・厚生省・郵政省編』
西和彦『ベンチャーの父 大川功』
3・11後 日本経済はこうなる!
古典で読み解く現代経済
日本経済「余命3年」:財政危機をどう乗り越えるか
新・電波利権
宗教を生みだす本能
福田恆存 思想の〈かたち〉
中国化する日本
Thinking, Fast and Slow
Debt: The First 5,000 Years
Atomic Awakening
Power to Save the World
ジョーンズ マクロ経済学
放射能と理性
気候変動とエネルギー問題
ゲーム理論による社会科学の統合
エネルギー論争の盲点
Rational Choice
丸山眞男――理念への信
デカルトの誤り
Energy Myths and Realities
Civilization: The West and the Rest
The Enlightened Economy
Violence and Social Orders
コメント一覧
>(リンクは張ってない)
リンク貼ってありますよ。
勝間氏も、理系の学問、たとえば物理学の問題について、意見を述べることはしないでしょうが、経済のことについては、ああだこうだとおっしゃいますね。会計士の試験で経済学をやったからというのがその自信の根拠でしょうか。日本では、理系以外の学問について「私だってわかるわよ」的発言が多いです。
*今、勝間氏の本のリンクが有効になってます。
失礼しました。リンクは削除しました。
勝間さんの本は基本的に間違っているのに一般人に影響するのでタチが悪いです。その他分かっていない点としてはいろいろあります:
1.日銀が国債引受して政府が支出を増やしても財政乗数が1以下なので実需は増えない。やってもムダ。
2.しかもこの20年の政府支出は市場規律から乖離していたので非効率だったことが明らか(ケインズ政策の最大の問題点の一つ)。政府には資源配分をする神のような能力は無いため、ついつい「箇所づけ」のような恣意的で選挙対策なものになる。クラウドアウトも深刻。
3.マネタリーベースHを増やしてもマネーストックMには繋がらない。そもそもMはノイズが多すぎて目標変数として操作不能です。しかも流動性のワナに陥っているのだから通貨需要関数の説明変数である資産運用の機会費用が非常に低い(またはマイナス)点が問題。これを強引なインフレで解消しようというのは破壊的な思想
4.投資なり消費のセンチメントを上げるのは金融市場ではなく、投資の限界効率をじかに引き上げるようなアニマルスピリットと経済成長しかありえません。そういう点で彼女が最近「チェンジメーカー」を名乗って活動している点だけは多少評価できるかもしれませんけど。
よく読むと、本書は私がブログで批判した「デフレスパイラル」の話や「フィリップス曲線」の話は落ちていて、それなりに批判を考慮しているのですが、根本的な金融理論の理解がなっていない。全体として、パートナーの上念某の受け売りで、ロジックが身についていない。
いろんな人が批判したんだから、せめて「マネタリーベースではなくインフレ予想を動かす」とか「時間軸効果」とかいう話が出てくるのかと思ったら、最初の間違いだらけのプレゼンの繰り返し。ちゃんとしたゴーストライターがついてないんですかね。
藤沢さん含めて、銀行実務家の経済理解力は高くはないですね。高橋洋一さんや岸博幸さんなどの元テクノクラートもそう。
>いろんな人が批判したんだから、せめて「マネタリーベースではなくインフレ予想を動かす」とか「時間軸効果」とかいう話が出てくるのかと思ったら、最初の間違いだらけのプレゼンの繰り返し。ちゃんとしたゴーストライターがついてないんですかね。
こういうさりげない退却戦を行えるという点で、リフレ派とは一味違いますね。
リフレ派は、いくら実証されても、
額に汗かきまくって「でも日銀が悪いんだもん」というばかりですので。
このままいけば、勝間さんが転向して、リフレ派は屋上に取り残されそうです。
念のためいうと、国債の日銀引き受けが量的緩和と同じだというのは、金融政策としての効果であって、財政政策としては有害です。銀行による入札が必要ないため、いくらでも国債を発行でき、財政規律が失われてハイパーインフレが起こるおそれが強い。
こういう議論は、山ほど積み重ねられている。それも知らないで、新書版30ページぐらいで日本経済の問題を一挙に解決できるなどと考えるのは、売らんかなの営業政策でないとすれば、頭が悪いというしかない。
よく、「途上国の人に援助をただあげるのではなく、魚の釣り方など自立する手助けをしましょう」と言われますが、誰しも皆そうだと言うと思います(延命だけで、意味ないので)
ならば、国内問題に置き換えて言えば、「貧困層に手当を与えては行けません、技能をつけさせるなど自活できる手助けしましょうというのが」と言うのが正解なはずです。手当をばらまいたところで、変わろうとしなければ意味がないのは明らかでしょう。
従って、仮に日銀を動かしてインフレが起きたとしても、一時しのぎにはなるが、結局、何もせずサボっている奴は競争に負ける今以下になるのは目にみえています。
勝間氏はこれまでの経験を通じて、能力向上の方法や、起業の勧めなどを、もっと国民に広めていく立場のはずなのだが?なんで脱デフレで世間を煽動するのだろうか?最近はくだらない本ばかり量産するし、自分自身の年収UPしたいだけの香具師なんじゃないかと疑ってます。
これからも、私も含めたおバカのために、池田先生のご活躍をお願いいたします。
素人の私でさえ、岩井克人先生の本をずいぶん読みました。それで、ハイパーインフレについて考えるようになり、貨幣論を下敷きにしていない金融論は、すべてダメ論なんだろうと思うようにもなりました。
私は、勝間さんという人は、まともな勉強をしたことがない人だと思います。基礎がぜんぜんできてきない。勝間さんは、貨幣論と金融論の区別さえできないでしょう。マルクスの資本論をしっかり読むところからはじめたほうがいい。そして、剰余価値などではなく、商品の価値形態について深く考えたほうがいい。
もっとも、夏の参院選で三橋さんを公認した自民党にいる者に、勝間さんを非難する資格はないのでしょうけどw
もう私もリフレ派をいじめるのは飽きたけど、彼らにいいたいのは、リフレがきいた実例を一つでいいから出してくれということ。
「それは日銀がバカだから出せない」という論理は、「共産主義は理想だが政府がバカだから・・・」というのと同じで、永遠に反証不可能。ここ1年半の世界は、その絶好の「実験場」だったはずなのに、どこも採用しなかった。それなのにFRBやイングランド銀行がリフレをやったことにしてしまう。
たぶんリフレ派のいうのにもっとも近い政策をとったのはイングランド銀行だけど、それは記事にも書いたように無残に失敗。本来のインタゲなら1年ぐらいでやめることはありえないので、これは最初からリフレじゃなかった。
勝間氏は利口ですよ。朝まで生テレビ出演のときでも経済の討論にはほとんど発言しませんでした。自分から主導するつもりはなかったようです。自分を護る術、売る術を知っているようです。
勝間氏のビジネスモデルは、専門用語を交えた一見賢そうな話で世間の関心を集め、著書の販売やセミナーで儲けるもの。だから、論理的整合性とか現実社会での立証なんて端から眼中に無いと思います。
結局、日本で収入を得る方法は、愚衆の心をつかんで下らないものを売りつけるか、既得権の中に入ってその維持に努めるかのどちらかという事です。それが「勝間流、効率が10倍アップする知的生産術」の真髄なのでしょう。
素人考えなので恥ずかしいのですが考えて見ました。
政府が国債を発行しても、実需が増えないから問題なら、実需が増える使い道はないのか考えてしまいます。
規制緩和と併用する国債の使い方で、実需がより増える道は無いのかとか考えてしまいますね。
例えば介護の世界。
規制緩和で多くの企業が参加しやすくする。同時に介護報酬をあげちゃう。介護に携わる人が一般公務員並みの給与をもらえるようにする。
そうすれば介護の世界が発展し進化する。
また、今まで介護に携わっていた方は、一般公務員並みの給与になりますから、生活が安定し、婚活がさかんになり実需が増える~
軽く実需が2.0ぐらいになるのではと素人は考えてしまいます。
>もう私もリフレ派をいじめるのは飽きたけど
飽きずにやっていただかないと困りますねw
勝間さんの話を聞くと、「貨幣」を深く考えないで「金融」を語る人たちのことをリフレ派と言うのだろうと思います。しかし、貨幣論に立脚していない金融論はダメですよ。その意味で、学生に「資本論」を読ませる東大の教育方針は、間違っていないと言えますねえ、、、
日本経済より先にイギリス経済がクラッシュしそうですが、彼らは、ハイパーインフレは金融論ではなく貨幣論の領域で考察しなければならない問題であることが分かっている。イギリスは、被害を最小限に食い止めるでしょう。しかし、日本の場合、専門家と称する人たちにも基礎学力のない人が多い。高橋洋一さんも、そのひとりのように思います。
余談ですが、最近の自民党にはうんざりです。舛添さんのようなリフレ派と鳩山さんのような国家万能主義者が合流し、それに新自由主義者が合流して三派連合をつくってもしょうがないわけで、、、
http://www.asahi.com/politics/update/0218/TKY201002170517.html
>>未来さん
国民の3人に一人くらい介護に携わってるんですかね?
英語では預金も借金もクレジット(信用)って言いますけど,お金の本質を突く良い言葉だと思います.
日本でも信用残高●●万円みたいな言い方すると面白いのに.
政府信用残高900兆円,なんて言ったら国民揃って大ブーイングでしょうが.
ゼロ金利政策の効果と結果が、よい指針になのでは。
金利が安くなったことにより、円安になる効果がかなりあったと思います。リフレは目先ではそれなりに円安誘導をする効果があると思います。高橋是清の時代も、リフレは円安に働いて輸出産業を回復に導いたという歴史があります。
なので、リフレ派のマネタリーベースがどーのは完全に建前であり、基本的には「通貨ダンピング」が狙い。世界から非難されている人民元の国家ダンピングを日本でもやろうということを大っぴらに言えないので、その部分以外のことをこね繰り回しているだけだと思いますよ。
ゆえにリフレ派と池田先生の主張とはずっとかみ合うことがないでしょう。
mmizzoさん
なにぶん、ど素人な者ですからとんちんかんなコメントだったと思います。
たぶん、とんでもない間違いをしているんでしょう。
>国民の3人に一人くらい介護に携わってるんですかね?
私の「軽く実需が2.0ぐらい」の書き込みは、新規に介護で使った国債発行額の通貨が民間で2回ぐらい使われるのではと思ったのです。
1.介護自身でつかわれる。
2.余裕所得の無かった介護職員が、余裕所得ができることで結婚ができるようになり、あらたな需要が生まれる。
国債の使い方を考えず、すべてを否定しても仕方ないと思うのです。
また、これらも政府がセーフティーネットをしっかりすることでも実現できるのだと思います。
勝間氏の「焼畑農業」はすごい勢いですね。きのうは『日本経済復活 一番かんたんな方法』(勝間和代 ・宮崎哲弥・飯田泰之)が発売。インフレ目標が「ボーリングの1番ピン」で、これさえ設定すれば日本経済の問題は一挙に解決するそうです。
せめてこの本にはマネーストックとマネタリーベースの区別ぐらい書いてあるだろうと思ったが、なんと書いてない。代わりにあるのは「お金を無限に発行すれば、いつかはインフレが起こる」という「バーナンキの背理法」なるもの。これは小島寛之氏も指摘するように、数学的には単なるナンセンス。
http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20080827
日本経済の問題がデフレだけで、他の問題とのトレードオフがないとすれば、たしかに解決は簡単。植田和男氏のいうように、日本中のすべての自動車やパソコンを日銀が購入して廃棄すれば、ハイパーインフレが起こるでしょう。その代わり国債は売られ、円は暴落し、金融資産は消滅し、日本経済は「焼け跡」になる。
友人に言われて、文藝春秋を買って、渡辺喜美さんが書いた原稿を読みました。日銀が約20兆円分の中小企業ローン債権を買い取ることが、みんなの党の「政策」なんだそうです。大声で、「ちがうだろうが!」と言いたい。今、やらなければならないことは、民主党=政府が出した約92兆円の本予算案をどう削るかです。
渡辺さんは、「約11兆円分が埋蔵金だ」と言うかもしれないけど、それも「借金」です。本予算案には、約55兆円の借金が含まれているわけです。約6割が借金なんていう、無茶な予算はないですよ。
検察が暴走したせいで、予算審議が無茶苦茶になり、自民党の対案も無茶苦茶になってしまった。経済の専門家が世論を喚起するしかないと思うのですが、なんで勝間なんかにバカを言わせるのですか。ハイパーインフレになれば、輸入物価が急上昇する。国民生活に必要な食料や燃料を確保することができなくなるのです。飢えと寒さで苦しむ人々に自己啓発もヘチマもないですよ。勝間さんには退場してもらいたい!
>もう私もリフレ派をいじめるのは飽きたけど
勝間さんのような貧困ビジネスの人々が日銀叩くのはあまり気にしていないんですが、経済学の専門家の顔をした人々が、相変わらず日銀叩きに忙しいのが問題。
例えばFACTAさんは、John B Taylorを読んで、脱デフレの講演をやるそうです。渡辺喜美さんと高橋洋一さんも参加するっぽいので、みんなの党もリフレ路線で突っ走るんでしょうかね。
http://facta.co.jp/taylor/
世界では日銀が叩かれていると、Robert Madsenの記事を引いて来たりしているんですが、はてさて誰が正しいのやら。
http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704541004575011752940201526.html
勝間氏は本当に分かっていないのかな。
どうにもならない官僚や政治家たち。
女性の社会進出も進んでないし。
一回日本をリセットしようとしてるんじゃないのかと思ってしまう。
ハイパーインフレ時は、勝間本人とカツマー達は、資産分散投資で無傷で生き残るんだろう。
コメント欄で介護報酬の話が出てるので一言失礼。既に国の財政も厳しいので、介護保険の給付とかは「最低水準の維持の原則」だけを考えて行われるべきだと思いますよ。それ以上の部分に関しては、自費サービスで、つまり保険外(といっても保険給付と併用して)で行われるべきです。国が一律に、財源の裏付けもなく給付水準を管理する時代は終わっていると思いますけど。介護職員の為に、もう少し給付水準を上げるべき(というか見直す)という意見には賛成ですが。
>みんなの党もリフレ路線で突っ走るんでしょうかね。
もう突っ走ってます。彼らとは、いっしょにやれない。
ハイパーインフレになれば、国民生活に必要な食料や燃料を確保することもできなくなるわけで、どうしてこんな簡単なことが分からないのだと言いたくなります。政治家が、そんなことでいいのかよ!
私は、政治屋より経済屋のほうが、「国民が飢えや寒さに苦しむようなことだけは、あってはならない」という信念を強く持っているはずだと思っていました。それで、経済の専門家に世論を喚起してほしいと願っているのですが、勝間さんのような人の話を聞くと、私の思い違いのような気がします。
勝間さんのようなリフレ派でも、太宰治の「斜陽」くらいは読んでいるでしょう。あるいは、野坂昭如の「火垂るの墓」でもいい。もはや、文学の力に頼るしかないです。
プリンストンに続いて、MITとスタンフォードかぁ・・・。
ボストンもパルアルトもどっちでもいいけど、所詮タ~コ。
そして「虎の威を借りる」くそ馬鹿連中(高橋・渡辺)はチョークかスクイーズする。
はっきり言って、かかっておいでぇ、単純ちゃん。
(=アメリカ経済学の馬鹿どもと追従者)
でもって、真剣にノーベル経済学賞は廃止。
ついでに日本の経済学部も定員は3分の1でよい。
また、岩井克人の「貨幣論」は読むに堪えない。
しかし、経済学部は真剣に自身の存在理由の危機を感じた方がよいでしょう。
では、何か?
そうだねぇ、まずは株の売買の「板」でも見て、沈思熟考でしょうかね?
まじで頑張ってねぇ ぎゃははは
リフレ派というのは、国際分業否定派なんだと個人的に考える。
思考のそもそもの始まりからして、経済の発展及び維持を考えていないのだろう。
カツマー達がどれだけ外貨預金を持っていようが、本気で国際分業を否定するなら、国家がそれを全部取り上げて平準化して運用することになるのが、カツマー達にはわからないのか?
学者や評論家のリフレ派と、政治家や勝間氏などの活動家のリフレ派は少し違うと思います。
後者が重要視しているのは、学問的な正当性うんぬんではなくて「問題を解決したい。」という情熱なのだと思います。
彼らの発想はまず「我々は問題を解決できるはずだ。」からはじまるのだという気がします。「そうありたい自分」で「あろうとする」ことで自己アイデンティティを保てるわけでして、これを否定するのは信教の自由を侵害するに等しい行為なのではないでしょうか。なので反発は必至です。もちろん、社会にとって有害な信仰は社会的に抑止されなければなりませんので、否定する行為もまた否定しきれないわけではあります。
循環論法になる前に歯止めをかけますと、根本的には、彼らに解決を求めてしまう環境があることが問題なのだと思います。そういう空気が日本に存在するという厳然たる事実をどうするかなのではないでしょうか。やはり「物語」が必要ですかね。
>やはり「物語」が必要ですかね。
ハイパーインフレを憂慮している政治家は少ないですよ。「ハイパーインフレ」と言われても、たいがい、「ハイパー」+「インフレ」というふうにしか想像しない。「ハイパーインフレ」は、ひとつの固有名として理解すべきものであるのに、そう思っていない。経済の専門家に教育していただきたいと期待していたのですが、リフレ派がのさばっているわけでねえ、、、
もう、文学しかないでしょう。野坂さんにもう一度議員になってほしいですよ。野坂さんと田中角栄のやり合いはすごかった。選挙のときに新潟のローカルラジオでやった対談、知人にダビングしてもらい、今も持ってますけど、すごい。田中角栄がよく引き受けたと思う。角栄の誠実な対応には、学ぶべきものがあります。
自己アイデンティティを保つ為に正当性が無いことを言うのが問題なのです。それを非難するのが「信教の自由の侵害」って頭大丈夫ですか?「否定する行為もまた否定しきれない」とか無意味な禅問答に酔うのはやめてください。
リフレ教にせよマルクス教にせよ他の何かにせよ、「日本の空気」がどうたら言って、安易な「物語」を作って愚衆を扇動しようという発想こそ醜悪かつ傲慢です。このブログを読んでいてそれが判りませんかね。
目的と手段の分離が重要だと思います。
「デフレを解決したい!」という目的は正しいと思うけど、「リフレで解決する」という手段は正しくないと思います。
目的が正しいから手段の正当性が低くてもよいというのは危険な考え方です。
リフレ派(民主の一部、みんなの党、勝間etc.)の共通認識は
1、日銀が無制限に国債を購入し、政府が無制限に財政出動をすれば、必ずインフレになる(バーナンキの背理法+インフレパスの存在を仮定?)。
2、生じたインフレは金利や増税で制御可能である
=>日銀は買え、政府は財政出動せよ
それに対して日銀(白川総裁?)の立場は
1、財政出動なしにインフレへのパスが連続的である可能性が低い
単なる国債購入は貸出増加に結びつかず、円キャリー等バブル投機の要因
財政出動が加わっても連続的にインフレにはならず必ずハイパーインフレになる
2、これは日銀・政府には制御不可能
=>緩和的な環境を維持しつつ、規制改革、構造改革が重要
まあ、程度の違いはあれ、どちらも基本的には
緩和的な環境の維持
適切な財政支出
規制や構造改革
を志向しているので、それほど大きな間違いには至らない印象ですね。
政治的には前者が強く、拡張的財政を続けるとすると、国際経済が改善した後での、資源高&投機的な円売りによって、インフレリスクを国民が強く認識し、より問題が早く明確化して良いかもしれません。
リフレ派の方々から、戦前の某経済官僚の名前なとがよく聞かれるのですが、これはどういうことなんですかね?ビジネスにしても、こういう売り方だと、普通の人はまずひいてしまうと思いますけどね。ましてや知的なお仕事を本職でされている方々がこういう作業に加担するというのは、やや専門バカ的な、専門知のインフレのなせる技なのか、なんなのか、個人的にはとにかく得体が知れなくて困ります。
「ikuside5」さんの続きになっちゃいますが。この人、本当に大学教員?(同大所属の池田さんには失礼だが)かと疑ってしまう。ついに、岩本康志氏に個人攻撃(としか思えて仕方ない)をtwitter上で仕掛けた模様。
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20100220#p3
http://twitter.com/iwmtyss/status/9366077928(岩本氏の回答)
観念的なお話で申し訳ないのですが・・前回のコメントが誤解されたようです。
活動家にとって学問的に死んでいるかは、致命傷にならないかもしれません。失礼ですが共産党も社民党も生き残っています。究極理論も解明されておりませんし、最悪、反証不可能な領域に逃げ込めば信念対立に持ち込めばよく、あとは物語としてどちらが説得力を持つかによると思いますよ。こうなると発信者だけでなく、情報を受け取る側にも依存するから、正当性よりも理解しやすさの方がずっと効きます。「悪魔の証明」ではないですが、インフレが起きないとも、インフレを制御できないとも完全には言えないので、地球上から消し去ることはできません。「実質上無理と言われてきたが、私ならできる。実は矛盾を止揚できるんだ。」とか言われたら納得する人もいるのでは。(オバマだってそうやって大統領になった)
これが問題解決を迫られている政治家に結びつくと恐いし、物語は願望の表出だと思いますので、この願望を変えていくために物語が必要という話をしただけです。民主主義制度の下では、正しいほうが勝つのではなく、支持された方が勝つのでしょう。
そういう意味で、社会的に有害な物語が流布しないように活動することは大変意義深いと思っていますよ。
advanced_futureさん、「蟹工船」という小説があるじゃないですか。私には、あれが良い作品であるとはとても思えない。小林多喜二は、たぶん、マルクスを読んでいなかったのではないかと思います。日本には、昔からマルクス主義の大きな物語は存在しない、仮に存在したとしても、埋もれてしまうのだと思います。そのため、「資本論」を読まずにマルクスを非難するバカが右のほうにいて、「資本論」を読まずにマルクスを支持するアホが左のほうにいる。そのようなレベルの人たちを相手に物語の必要性や不必要性を論じてもしょうがないでしょう。
しかし、リフレ派はマルクス主義者ではありません。彼らの精神は「バブル物語」の海に溺れている。いくら「ハイパーインフレ物語」を語って聞かせても無駄です。私は、「国民が小さな幸せを幸せと思うことができない時代の不幸」について、誰かに語ってほしいと願っています。
これは私見でしかないですが、物語の背景には願望があると思います。
物語は複雑な自然/社会現象に対する見通しを提供してくれるものであり、願望とは、目の前にある問題を解決したいと切に願う心のことだと考えます。その性質ゆえ願望と物語は結びつきやすく、また、願望なき物語は永く存続し得ないものだと思います。そして、その二つが結びつくとき、ある水準を超えると社会的影響力を持つようになる。時として、この社会的影響力を排除するために、物語の否定が用いられますが、これは決まって効果的なものにはなりません。なぜなら、物語が否定されても、その基となる願望が残っているからです。人間にとっての願望とは、10年後の国の破滅よりも今この瞬間の最愛の人の方が重いという非時間整合性的で不合理なものです。願望そのものの変化、または既存の物語よりも解決力のある物語でなければ、物語を捨てることはできない。と、私は思います。
例えば、焼け野原は願望の共通化です。ポストモダンの前に物語は沈黙しかないでしょうか、そう信じたくないと私は考えています。
advanced_futureさん、私が言いたいのは、日本でも、多くの人が願望を寄せる大きな物語が生まれるとしても、それがマルクス主義の物語になる場面はおそらくないということです。
それと、焼け野原は願望ではなく、現実に存在する。アフガンやイラクの都市は焼け野原でしょう。あなたは、やわな日本人の典型なのかもしれません。
私は文才がないので、どうしても誤解を招きやすいようです。(これは反論したいわけではありません。)
「焼け野原」が願望なのではなく、焼け野原になると生活が貧しくなるため願望が共通化されるので、皆が共通の物語を共有しやすいという意味です。よくある「焼け野原からやり直すしかない」という指摘は、複雑極まった願望を共通化することの難しさへの嘆きに対する逆説であるという例を出しただけです。日本で大きな物語が受け入れられないというのは私も同感です。日本人はもともと自己アイデンティティの確立などの「個人」意識が希薄であったので、歴史上、「個人」と「社会」の関係を示すような大きな物語を必要とする場面がほとんどなかったと思います。私がここで言いたかったのは、願望を消化する仕組みを日本にどう構築していくかというお話でした。
advanced_futureさん、アフガンやイラクの焼け野原で共有されている物語は、「原理主義」です。それが現実です。焼け野原で共有する物語を、良い物語であるとは言えない。そして、日本だけが例外的にそれを回避することができるとも思えない。私は、国民生活だけでなく、その点でもハイパーインフレ社会を懸念しています。