きのうの大学入試センター試験の国語に、岩井克人氏の『二十一世紀の資本主義論』(*)が出題されていた。けっこうむずかしい文章だと思うけど、高校生にこの論旨が理解できるんだろうか:
宇野は、商人資本が発達すると利潤の源泉となる地理的な差異を縮める自己破壊な性格をもつのに対して、差異を生み出す搾取のメカニズムを内蔵する産業資本のほうがすぐれていると考えたのだが、岩井氏もいうように先進国では賃金の上昇によって差異が消滅し、産業資本主義の時代が終わろうとしている。かつては技術開発が差異の源泉だったが、それもすぐに模倣され、金融資本による鞘取りも今回の金融危機で困難になった。
まだ大きいのは新興国との賃金の差異で、この鞘が取り尽くされるには、あと20年はかかるだろう。かつての帝国主義では、植民地からの収奪という形で鞘を取ったため、宗主国としての権力を失うとイギリスのように没落したが、いま多国籍企業が行なっているのは資本統合によるグローバルな鞘取りである。これに受動的に対応しているかぎり、単純労働の賃金が国際水準に引き寄せられることは避けられない。
かつて日本が急速な成長をとげたのは、国際的な賃金の差異を埋めるエントロピーの増大に乗ったからだが、これから必要なのは差異を生み出してエントロピーを下げるシステムである。それには今までのように既存の技術の延長上でいいものを作るだけではなく、誰もやったことのないことをやる「突然変異」を生み出さなければならないのだ。
(*)指摘を受けて訂正した
産業革命から250年、多くの先進資本主義国において、無尽蔵に見えた農村における過剰人口もとうとう枯渇してしまった。実質賃金率が上昇しはじめ、もはや労働生産性と実質賃金率とのあいだの差異を媒介する産業資本主義の原理によっては、利潤を生み出すことが困難になってきたのである。あたえられた差異を媒介するのではなく、みずから媒介すべき差異を意識的に創りだしていかなければ、利潤が生み出せなくなってきたのである。その結果が、差異そのものである情報を商品化していく、現在進行中のポスト産業資本主義という喧噪に満ちた事態にほかならない。これは一時「ポストモダン的な資本主義論」として流行したが、岩井氏も認めるように、彼が学生時代に学んだ宇野弘蔵の理論の焼き直しである:
G―W―G'の形式は、具体的には資本主義に先立つ諸社会においても、商品経済の展開と共に、あるいはむしろその展開を促進するものとしてあらわれる商人資本に見られるのであるが、それは商品を安く買って高く売るということにその価値増殖の根拠を有するものである。[しかし商人資本は]その価値増殖の基礎をなす相手を、いいかえれば自己の前提を自ら破壊することになるのである。(『経済原論』pp.41-42、強調は引用者)このように資本主義の根底に流通過程(市場メカニズム)を置き、その中で差異を生み出すしくみとして生産過程(産業資本主義)を考えたことが宇野の最大のイノベーションであり、「正統派」(共産党系)から強く非難された点でもあった。今から考えると、生産=労働こそ資本主義の本質だという正統派の発想は岩井氏のいう「古い人間主義」であり、非人格的な差異(価値増殖)に資本主義の本質を見出す宇野の発想はポストモダンだった。
宇野は、商人資本が発達すると利潤の源泉となる地理的な差異を縮める自己破壊な性格をもつのに対して、差異を生み出す搾取のメカニズムを内蔵する産業資本のほうがすぐれていると考えたのだが、岩井氏もいうように先進国では賃金の上昇によって差異が消滅し、産業資本主義の時代が終わろうとしている。かつては技術開発が差異の源泉だったが、それもすぐに模倣され、金融資本による鞘取りも今回の金融危機で困難になった。
まだ大きいのは新興国との賃金の差異で、この鞘が取り尽くされるには、あと20年はかかるだろう。かつての帝国主義では、植民地からの収奪という形で鞘を取ったため、宗主国としての権力を失うとイギリスのように没落したが、いま多国籍企業が行なっているのは資本統合によるグローバルな鞘取りである。これに受動的に対応しているかぎり、単純労働の賃金が国際水準に引き寄せられることは避けられない。
かつて日本が急速な成長をとげたのは、国際的な賃金の差異を埋めるエントロピーの増大に乗ったからだが、これから必要なのは差異を生み出してエントロピーを下げるシステムである。それには今までのように既存の技術の延長上でいいものを作るだけではなく、誰もやったことのないことをやる「突然変異」を生み出さなければならないのだ。
(*)指摘を受けて訂正した




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コメント一覧
唯一鞘取りができないのはアートですね。非様式美的な琳派のような。
それは逆立ちしてもムリでは?
可逆的な変化のときですらエントロピーの増減はゼロで、不可逆変化のときは必ず増大するのですから。
(コップの中の水を、氷とお湯が共存する状態に、簡単には変化できないでしょ?大量の100円玉と大量の10円玉がごっちゃになってるのを、何の仕事もなく100円玉のかたまりと10円玉のかたまりには「できないでしょ?)
ある部分だけ見てエントロピーが減少しているといっても、そのエントロピー減少のためにどこかでエントロピーを増大させる事が必ずなされていて、しかも減少分より増大分の方が必ず大きいのですし。
地球外からエントロピー減少のための何かを得るというのでしたらわからなくもないですが。
かつては模倣で日本は先進国に追いつき追い越しました。最初は猿まねみたいな評価で馬鹿にされてたとも思うが、いつに間にか価格のみでなく品質・サービスの面でも独自の領域さえ開拓、他国を凌駕した。しかし、今や模倣され追いつかれ追い越される立場にいる。独自の領域さえ守りに入れば陳腐化します。
国を挙げて「突然変異」を生み出さねばならないが、そのためにはこういった現状認識のコンセンサスが必要です。その上で、こういった分野の知的エリートの育成の要請には20代いっぱいを費やす位の体制でも良いのではと思います。。
日本社会にはそれくらいの社会的な余裕はある。現在雇用情勢は悪く、少子化で学生数も減少中。今まさにピンチはチャンスです。
あと必要なのはそのような「黄金の」20代を経過した後の30代での社会進出の雇用環境を整備することです。これには一世代早く社会進出した人の再進出の機会をダブらせるともっと良いかもしれません。
これは若年者だけのケースですが総じて雇用環境の再構築が最重点政策になるでしょう。これはやる気さえあれば予算もそんなに要らずすぐ出来る。
これからは単純労働ではなく知識の積み重ねでもなく、誰もやったことのないことをやる「突然変異」といったものが必要なのかもしれませんね。ベルクソンの言っていたエラン・ヴィタールみたいに進化に弾みをつけるようなものが産業にもないと行き詰るのかもしれません。
突然変異を生み出すには、多様な価値観が必要であり、現在の日本の状況からすると逆方向に動いている感じがします。老いも若きも守りに入っている感じですね。この状況をどう打破していけるかが重要だと思います。日本の電機業界に代表されるような利益率の低い既存の大手企業や政府がその成長を阻んでいるようにも思います。
>エントロピーを下げるシステム
>>それは逆立ちしてもムリでは?
おっしゃるとおり、ある一部の閉鎖した系の中でエントロピーを下げる事は可能で、池田先生のアナロジーもそれをさしていると思います。その分、減った以上のエントロピーがその閉鎖系の外に排出されますが。
自然界での例は生物ですね。大宇宙の流れに逆らって、自分の体内という小宇宙の中でせっせとエントロピーを減らすという徒労のようなことをなぜかやっている。
究極のエコは宇宙のエントロピー増大を極力抑えることですが、しかし人間は美しい肉体とか、エネルギーを使って整然と清掃された都市であるとか、エントロピーを全体系ではふんだんに増大させながら一部の閉鎖系で減らした状態に魅力を感じてしまう存在です。それは結局、生命がそういう性質を持っているからなんでしょう。
大変ためになります.
生産者と消費者の直接取引ではなく,第三者を介した両者の差異の吸収が資本主義の真骨頂ということでしょうか.
第三者である商人に対して払う対価としても,お金という概念は重要ですね.じゃなければ商人への対価は扱った品物かサービスばかりになって,きっと誰も商人をやりませんね.
まぁ皆が平等だと資本主義が成り立たないのは当然でしょうか.
それは社会主義か共産主義でしょうから.
いつも学ばせて頂きます.ご紹介頂いたアニマルスピリットは昨日最後まで読みました.ブラックスワンは本屋で手に取った範囲ですが,こちらは最初から最後まで大変興味深く読みました.
この利潤取得の話題は,新鮮で興味深くまた考えさせられる話題でした.利潤を産み出す方法ですがこれが,距離・・労働力・・財力と変化してきて(総ては人間の所業ではあるが)次は何か.一般には知財と言われますが,果たしてそうなるか私は疑問です.財力つまり金融資本主義はサブプライム禍があったとはいえ,世界の金持ちが消えたわけではないので,ブレークスルーのようなイノベーションのあった企業を莫大な資金で買い取ってしまえば,イノベーションがもたらす未来の利益は金融資本のものになります.金融資本主義はさらに肥大しつつずっと続くでしょう.グローバリゼーションによって世界の労働力の対価が均一化され,貧富の差が縮小すれば次は,個別の企業,国家の利潤(余剰利益)の極端な大きさが“公正”という視点から問題化するように思います.利潤が何のために必要かを考えてみれば分かります.異常に大きい利潤は,結局はもの言うことのできない未来世代の富と見ることができます.