AERAの特集が話題を呼んでいる。「インフレがくる」というタイトルはやり過ぎだと思うが、中身はそう荒唐無稽なことが書いてあるわけではない。今すぐにインフレがくる可能性はないが、そう遠くない将来に国債の価格が暴落すると邦銀が一斉に売り逃げ、それを買い支える日銀のオペで通貨が大量に供給され、インフレが起こるというシナリオだ。

問題は、この国債バブルがいつ崩壊するのかということだ。櫻川昌哉氏によれば、向こう100年間に日本の財政が破綻する確率は99.91%だが、それが1年後なのか99年後なのかはわからない。資金需給から考えると、あと5年ぐらいはもつと思われるが、10年もつかどうかはかなりあやしい。こういう警告に対して、「金利が低いから大丈夫だ」とか「内国債だから問題ない」とか「政府の純債務は小さい」などという人がいるが、これは迷信である。
  • 金利が低いのは、邦銀などの「金融村」の横並びで買われているためで、邦銀の資金繰りが回るかぎりバブルは維持できる。しかしこれから世界各国が金融緩和をやめると、金利が上がり始める。国債の金利が上がると邦銀の保有している既発債に巨額の含み損が生じるため、邦銀は必死に買い支えるだろう。これは90年代に不良債権に追い貸ししたのと同じで、永遠に先送りできれば延命できる。しかし残念ながら資金は無限にはないので、いずれ限界が来る。

  • 内国債だから問題ないというのは、「外人は信用できないが、日本人なら国債が紙切れになっても保有してくれる」という根拠のないナショナリズムを表明しているだけだ。邦銀も国債を保有する義務はないので、値崩れが始まったら売り逃げる。むしろ買い手の95%が日本人だということは、現在の金利がリスクに見合わないと海外の投資家がみていることを意味する。つまり世界の常識からみると、日本国債の価格は、すでにバブルなのだ。

  • 政府の純債務については、IMFも計算している。純債務も日本は世界最悪で、今年度予算でGDPの100%を超える。問題は債務の絶対額ではなく、それが市場で消化できるかどうかという需給状況で、年間160兆円を超える発行額は危険水位である。現在の国債はsolvencyは疑わしいのにliquidityは非常に潤沢だという奇妙な状態になっているが、これは政府に対する信頼が担保になっていると考えられる。しかし債務の返済が政治的に困難だということがわかってくると、国債が市場で消化できなくなり、金利は上昇する。
IMFの計算によれば、プライマリーバランスの赤字を半減させるだけでもGDP比14%以上の調整(増税か歳出削減)が必要だが、これは税率を2倍以上にすることを意味する。消費税は少なくとも30%ぐらいに引き上げる必要があるが、そういう政治的合意ができるだろうか。できないと、インフレは避けられない。これも日銀が意図的にインフレにするのではなく、国債の買い手がなくなって日銀が買い支えざるをえなくなるか、政府が日銀引き受けを強制するかのどちらかだろう。

フリードマンはインフレは貨幣的現象だとのべたが、サージェントはハイパーインフレは財政的現象だとのべた。こういう財政インフレは、日銀がコントロールできない。これは先進国ではまれだが、途上国や経済の破綻した国では10年おきぐらいに起こっているありふれた現象である。日本でも70年代の「狂乱物価」では年率20%以上の物価上昇が起こったが、このときもジンバブエと同様、インフレ予想によって実物資産が買われてインフレを増幅した。

ただ、もう一つの巨大なバッファがある。日本郵政の資産320兆円のうち220兆円が国債だが、残りの半分を国債にあてれば50兆円(1年分の新発国債の全額)買うことができる。これによって国債が暴落する最悪の事態は避けられよう。この点で、日本郵政の社長に斎藤次郎氏が就任したのは、危機管理としては意味がある。日本郵政が1年間ささえている間に「財政非常事態宣言」を出して財政を再建すればいいわけだ。もちろんこれは問題を先送りするだけなので、財政再建に失敗したら日本郵政の経営が破綻し、預金者の資産が失われる。

いずれにせよ最終的には、政府債務が維持できるかどうかは、大増税(および大幅な歳出削減)が実行できるかどうかという政治的な問題にかかっている。これを実行するには強い政治的リーダーシップと健全な民主主義が必要だが、わずか5%の消費税を上げるか上げないかで話が二転三転するような政府が、税率を30%にできるとは考えにくい。この意味で日本の最大のリスクは、政治の劣化である。国債相場が大きく崩れたときは、もう手遅れだ。増税には時間がかかるので、かなり早めに準備しないと危ない。