ポール・ローマーが、スウェーデン国立銀行賞を共同受賞した。彼の「内生的成長理論」はソロー以来の成長理論のイノベーションで、1990年代には一世を風靡した。今は使われないが、歴史的には妥当な授賞だろう。成長の要因を「知識の外部性」に求める発想は重要で、「生産性」の意味を考える上で政策的な含意も大きい。
経済成長の要因は大きくわけて、資本労働生産性の3つである。初期の新古典派成長理論では資本と労働だけを考え、物的資源配分の効率性が成長を決めると考えた。この点では、「無政府的」な資本主義より資源を重化学工業などの戦略分野に傾斜配分できる社会主義のほうがすぐれている。Tyler Cowenも紹介するように、1960年代のサミュエルソンの教科書では、21世紀にソ連のGDPがアメリカを抜くと予想していた。

もちろんこの予想は外れたのだが、その原因は新古典派成長理論では説明できない。1950年代までは西側諸国をしのいでいたソ連の成長率が60年代に西側に抜かれ、その後も大きく低下したのは、物的な生産要素よりも生産性のほうが重要になってきたたためと考えられる。計量研究でも、資本蓄積と労働人口の増加で説明できるのは、先進国では成長率の半分以下で、残りはソロー残差とよばれた。

この残差が何であるかについては長い論争があったが、今日では広い意味でのイノベーションだという点で意見は一致している。これも初期には単純な技術進歩を外生的に仮定するだけだったが、Paul Romerなどの内生的成長理論で生産性の上昇が理論的に説明できるようになった。このモデルのエッセンスは、次の動学方程式にある:

⊿A=δHAA

ここでAは社会全体に蓄積された知識の量、δは生産性パラメータ、HAは研究開発に使われる人的資本である。つまり知識の増分⊿Aは社会全体に蓄積された知識のストックAの増加関数だから、社会に蓄積された知識が大きくなると成長率が高まるという収穫逓増が起こる。研究開発の成果は社会全体に広がるので、それが他の開発を促進するのだ。これが前に紹介した新古典派成長理論が収穫逓減になるのとの大きな違いである。

この理論によれば、知識は公共財として社会全体で利用できるので、政府が研究開発を支援してその成果を公開すれば成長率は高まるということになり、これは教育投資の重要性を示す根拠としてよく引用される。しかしBhideは、このようにイノベーションを技術的な知識と同一視するのは誤りだという。実証的には、企業の業績と技術水準にほとんど相関はなく、ビジネスモデルの独創性など経営的な要因のほうが重要だ。

つまり生産性を上昇させる最大の要因は技術ではなく、シュンペーターの「新結合」という意味でのイノベーションなのだ。Aghion-Howittは、そういうロジックを説明する「シュンペーター理論」を提唱している。他方Acemogluなどは、財産権の保護や民主主義の成熟などの制度的要因を強調している。

このようにイノベーションを説明する経済理論は百家争鳴で、まだ定説といえるものはないが、共通認識としていえるのは、先進国では物的資本の蓄積より人的資本の質の向上のほうが重要だということである。この意味では、科学技術や教育に重点を置く民主党の成長戦略は間違っていないが、日の丸スパコンのような補助金には意味がない。むしろ労働市場を柔軟にして成長分野に労働人口を移動させ、資本市場を整備して起業や対内直接投資によってイノベーションを促進することが重要だろう。