Newsweekの国際版編集長Zakariaが、今年を回顧している。
1年前、世界は崩壊に向かっているように見えた。資本主義と貿易の拡大を推進してきた国際金融システムが崩壊し、アメリカ型モデルの信用が失墜した。新興国の経済も沈み、貿易は1930年代以来の大幅な下落を記録した。経済危機が政治危機に発展し、暴力や戦争のリスクが大きくなると予想する向きもあった。誰もが確信していたのは、世界は変わってしまったということだ。

あれから1年。アメリカの投資銀行の数がいくつか減り、数社の地方銀行がつぶれたことを除いては、世界はほとんど変わっていないように見える。世界全体が長期にわたる大不況に襲われた30年代とは、まるで違う。財政赤字の拡大やインフレなど、問題がないわけではないが、システムそのものは驚くほど安定している。経済が最悪の状態にあるパキスタンの国債価格でさえ、ここ1年で2倍以上になった。世界経済は、最悪の状況を脱したのである。
1年前には、今回の危機を「大恐慌」などと呼んで、世界経済が崩壊して30年代のような長期にわたる激しい不況が続くかのように騒いだ人もいた。「100年に1度」というグリーンスパンの言葉が異常な財政金融政策を正当化するのに使われ、「グローバリズム」や「新自由主義」の時代が終わって、またケインズの時代がやってきたなどと称する向きもあった。しかし天は落ちてこなかったのだ。

客観的にみれば、今回の危機の原因はアメリカの債券市場の機能停止という一時的な問題であり、狼狽売りが終わって価格がつけば、むしろ高度に発達した金融市場が問題の修復を助けた。もちろん各国の政府と中央銀行が、30年代の教訓に学んで流動性を大量に供給し、銀行の連鎖倒産を防いだことも大きい。危機に対して各国が協調する国際的な枠組が機能したことも重要だ。各国が金融引き締めや保護貿易によって「不況の輸出」を競った30年代とは大違いだ。

もう一つの要因は、Zakariaも指摘するように、70年代以降の金融政策の変化によって、経済を崩壊させる最大の元凶であるインフレを押さえ込んだことだ。それが新興国の世界市場への参入とあいまって世界的な物価の安定がもたらされ、ハイパーインフレによって国家が転覆するような事態は中南米でも中東でも起こらなかった。「ドバイショック」を大げさに叫んで補正予算を組んだ日本政府は、マーケットの笑いものだ。

民主党政権は、いまだに「二番底」を防ぐと称してバラマキ福祉を拡大し、デフレ宣言を出すなど「危機モード」だが、他の国は通常モードに戻りつつある。金融システムの打撃が最小だった日本経済がもっとも出遅れている原因は、成長率を引き上げる長期的な戦略なしに場当たり的な財政・金融政策や所得再分配を続けた「政府の失敗」だ。

大きな試練をくぐり抜けて、グローバル資本主義の変化は一段と鮮明になった。先進国が危機の後遺症に苦しむ中で、新興国の経済は危機以前の水準にいち早く復帰し、世界経済の中心が移ったことを示している。こうした変化を「ユニクロ型デフレ」などという愚劣なとらえ方しかできない日本は、無意味な「デフレ退治」で財政危機を拡大し、それが先行き不安を増して投資を冷え込ませる悪循環に陥っている。

「今は非常事態だから、需要不足を埋めることが第一だ」などという話にだまされてはいけない。今回の危機で明らかになったのは、在来型のケインズ政策は(30年代にも実はそうであったように)きかないということだ。オバマ政権の超大型バラマキ予算がほとんど執行されないうちに、経済は自律的に回復した。今後の世界経済の最大の課題は、Zakariaもいうように、財政危機と成長率の低下であり、それを解決するのにマクロ政策は何の役にも立たない。民主党政権がこの変化に気づくのは、いつのことだろうか。