
中国の習近平国家副主席と天皇の会見が、大きな政治問題に発展している。特に小沢一郎氏の記者会見が反発を呼び、「天皇の政治利用だ」とか「戦前の軍部と同じだ」といった批判が、産経から赤旗までそろって出てくるのには驚いた。特に週刊文春の見出しは、「小沢と鳩山は天皇に土下座して謝れ」。文藝春秋は、菊池寛が戦争協力の先頭に立った栄光ある歴史をもっているが、その反省もないのだろうか。
問題の「1ヶ月ルール」なるものは、法律でも政令でもなく、閣議決定さえ行なわれていない。このルールは法的拘束力のない慣例にすぎず、首相の指示がそれに違反したからといって、内閣の下部機関である宮内庁が指示を拒否することはできない。小沢氏がゴリ押ししたとかしないとかいう話は、手続き的な瑕疵がない限り、拒否の理由にはならない。法治国家とはそういうものだ。
過去にも1ヶ月ルールに反して会見が行なわれた前例があり、20分ぐらいの会見が天皇の健康に実質的な影響を与えることは考えられない。中国の国家副主席が天皇と会見するのは普通で、胡錦濤氏も1998年に副主席として来日したとき会見した。それを政治利用というなら、天皇の国事行為はすべて政治利用である。
むしろ私は、宮内庁の羽毛田長官の態度に軍部と共通するものを感じる。いったん面会を了解しておきながら、記者会見で首相を公然と批判するのは、他の官庁では考えられない。それは「天皇に関する慣例は憲法より上位にある」という戦前の感覚なのではないか。軍部はこのように天皇を超法規的存在にまつり上げ、「統帥権の干犯」を理由にして拒否権を発動し、陸軍大臣を引き上げるなどして内閣を倒し、暴走したのだ。
小沢氏の記者会見は、たしかに傲慢な印象を与えるが、その内容は論理的には間違っていない。首相が天皇の国事行為に「助言」することは、憲法にもとづく行為である。会見が国事行為ではないとしても、宮内庁は治外法権ではなく、天皇も法の支配に服すのだ。こんな当たり前のことを忘れて、すべてのメディアが「口のきき方が悪い」といった感情論で小沢氏をたたく翼賛状況は恐い。




池田信夫『もし小泉進次郎がフリードマンの「資本主義と自由」を読んだら』
田原総一朗『生存への契約 誰がエネルギーを制するか』
池田信夫『イノベーションとは何か』
田原総一朗『日本の官僚 文部省・建設省・厚生省・郵政省編』
西和彦『ベンチャーの父 大川功』
3・11後 日本経済はこうなる!
古典で読み解く現代経済
日本経済「余命3年」:財政危機をどう乗り越えるか
新・電波利権
宗教を生みだす本能
福田恆存 思想の〈かたち〉
中国化する日本
Thinking, Fast and Slow
Debt: The First 5,000 Years
Atomic Awakening
Power to Save the World
ジョーンズ マクロ経済学
放射能と理性
気候変動とエネルギー問題
ゲーム理論による社会科学の統合
エネルギー論争の盲点
Rational Choice
丸山眞男――理念への信
デカルトの誤り
Energy Myths and Realities
Civilization: The West and the Rest
The Enlightened Economy
Violence and Social Orders
コメント一覧
「考えない病」の蔓延ですねw
日本人はいまだにこの病の克服ができていない
小沢氏の「正論」を「感情」によって「憎しみ」へと
転化する。
日常生活のすべてにおいてこの「考えない」「その場その時の雰囲気」での論理的整合性の欠片もない判断が横行し、失敗し、その尻拭いで時間を無駄にするという、
すばらしい下等民族の習性を発揮してくださっています。
たしかに「バカにつける薬」はいまだ発明されてはいませんがねw
「小沢一郎」と聞いただけでアレルギー反応をおこすマスコミ関係者が多数いるのでしょう?
「1ヶ月ルール」を守れば政治利用ではなくなる、というのは不思議で分かりにくい?
「ちちんぷいぷい」と呪文を唱えると政治利用ではなくなる、のほうが分かりやすい?
池田先生も、小沢氏を批判するメディアも、正直論点がズレまくっています。
小沢氏が釈明すべき点は、憲法上の論拠でも宮内庁の誤りでもなく、単に「この会見が日本国の国益にとってどれほどの意味があるのか」ただそれだけのはずです。
極端な話、もし日中が開戦の危機にあり、この会見によって戦争が回避できる、と言うなら、例え天皇陛下がご病床にありながら会見に出ていただいたとしても、小沢氏を非難する人はいないでしょう。日本国の国益に合致することは明白だからです。
一体この会見に、何の意味があるのか?わざわざ1ヶ月ルールとやらの慣例を破るほど、あるいは順番待ちをしている他国の公使などを押しのけて横紙破りするほど、日本国にとって有益な会見なのか?単に、小沢氏が民主党員を大量に引き連れて意気揚々と訪中したにもかかわらず、相手にされなかったために、自分のプレゼンスを拡大しようとして天皇を利用しただけではないのか?国益じゃなくて小沢氏個人の益でしかないのではないか?
そういう疑いがあっての、「傲慢」という印象であり、各界からの非難です。この問題を論じるなら、まずそこを明らかにしなければ無意味です。
戦前の軍部の暴走も別に法律違反を犯したわけじゃありません。統帥権独立も軍務大臣現役制も帝国憲法その他に規定された事です。問題は悪意の運用をされた事です。
今回の問題も同じで、法律的には小沢幹事長の言う通りなのでしょうが、運用の仕方が問題だと思います。
一政党の幹事長が事実上総理大臣を指揮監督し、密室の陳情を「全国民の声」だと言い切り、役人の更迭まで口にする。こう言う人に天皇陛下まで握られちゃたまらない。それこそ軍部の良いように天皇を利用された戦前と同じだ、と思う人が多いとしても不思議でも何でもありません。
天皇が超法規的存在なのは当たり前で、だからこそキチンと運用してもらわないと困るんです。
池田先生のブログはいつも楽しく読ませてもらっていますが、皇室についてはもう少しウエットなものだと思います。
政・官のゴタゴタなどただの時間と税金の無駄遣いでしょう。透明化するのが民主党の仕事ですから、内閣で閣議決定して、宮内庁に送ればいいだけです。
池田先生の「胡錦涛~」については、「先例があれば何でもあり」に聞こえてよくないと思います、責めるならいままで報道しなかったマスコミでしょう。
ちなみにいち国会議員の小沢氏にはそもそも発言する権利はないのではないかと思います。いまの身分でいいたいなら発言できるよう立法するのが仕事でしょう。
(同様に別に宮内庁を擁護するものではないです)
ただし年配の方に会うことが多いので雰囲気で思いますが、いずれにしても戦前の人にはこういった議論そのものが感情には響かないでしょう。時代がすすむまでそっとしておくことではないでしょうか。
池田先生の「胡錦涛~」については、「先例があれば何でもあり」に聞こえてよくないと思います、責めるならいままで報道しなかったマスコミでしょう。
ちなみにただの国会議員の小沢氏にはそもそも発言する権利はないのではないかと思います。いまの身分でいいたいなら発言できるよう立法するのが仕事でしょう。
(同様に別に宮内庁を擁護するものではないです)
ただし年配の方に会うことが多いので雰囲気で思いますが、いずれにしても戦前の人にはこういった議論そのものが感情には響かないでしょう。 皇室についてはもう少しウエットなものだと思います。時代がすすむまでそっとしておくことではないでしょうか。
「超法規的」ねぇ、これまた懐かしい。池田先生がメディアの専門家であることだけはよくわかりました。
法の支配!法学部の学生なら、法の支配と法治主義の違いを学ぶと思いますが、久しぶりに学生時代の教科書でも開いてみることにしよう。
それにしても、天皇って、我々と同じ「日本国民」だったっけ?これについても、憲法をもう一度よく読んでみるか。
小沢氏も池田先生も仰ることはごもっともで、法的に小沢氏や首相を罰することはできません。
ただ、今回の件は慣例を破ったこと自体が非難されているのではなく、
それによって被る不利益について懸念されているのではないでしょうか。
今後、「中国には例外を許し、我が国には許さないのか。」と迫られれば断るにしても受け入れるにしても損になりますから、
誰が見てもこれは自らに枷をはめる行為であると分かります。
そのような行為をするのであれば、「それを補って余りあるメリットがあるのだ。」という形で説明責任を果たすか、それが何らかの事情でできないとすればご自身の良心に基づいて辞任なさるべきだと私は思います。
また、戦前のことを引き合いにだすなら、合法でありさえすれば良いという発想こそがナチスの台頭を許してしまったのではないでしょうか。
アメリカでも日本でもメディアに一貫性が無いところは同じです。
アメリカではオバマを差別し、医療保険改革を弾劾するおバカなノリの右派系放送局FOX-TVがダントツの視聴率を稼いでいて、CNN、リベラル寄りのABC、公共放送などは視聴率を落としています。
FOXに流されるように、一時期は報道がオバマ叩き一色になっていた頃もありました。
日本でも今回の問題は産経グループとネット世論の一部が焚き付け、讀賣、毎日、朝日その他も乗っかっていきました。
冷静に考えれば「天皇陛下の今日の公務」としてさらっと流されるニュースなはずですが、
面白おかしく、乗っかれ乗っかれと産経以外のメディアも乗っかっていきました。
まったくもってメディアとしての責任感がありません。
>すべてのメディアが「口のきき方が悪い」といった感情論で小沢氏をたたく翼賛状況は恐い。
同意します。マスコミは政権を批判したいだけなのだと思いますよ。
麻生前総理のときも酷かったですからね。漢字が読めないからとバッシング。自分のお金で高級バーに飲みに行ったからとバッシング。
批判するなら政治の中身でして欲しいです。
根本的な問題として、二つ。
1.天皇はそんなに偉いんですか?
2.天皇の役目はナンなの?
これを誰も議論せずに、小沢氏の行動を不遜だとか政治利用だとか言うのはナンセンスだ。
天皇の内心を小沢氏が勝手に代弁するなど云々かんぬんに至っては、いまだにアラビトガミ扱いなのかと苦笑を禁じえない。
政治利用批判に至ってはもう同情を禁じえないレベルの低さ。外務省のキャリアウーマンを連れて来たにも関わらずロクに仕事もさせず、子供を産む機械のごとく扱って、皇太子から雅子の人格否定をするのはケシカランと恥ずかしい怒られ方をした省庁をいったいどこだったのか。
皇族の人権を認めていない省庁が政治利用批判をするなど片腹痛い。
宮内庁と言うのはよくよく厚顔無恥な人間がそろっているようで。
まあ小沢氏に反感を買うのもワカランでもないが、正論ですな。
週刊文春(12/24号)29ページで福田和也氏が小沢氏を批判していますが、その批判の仕方がすごい
「戦前だったら不敬、国賊と言われ、切腹して償わなければならいでしょう。」
小沢氏を批判するのは各人の自由でしょうが、こんな時代錯誤の発言ではまともな批判とは受け取れられない
小沢氏にとっては蚊に刺された程度なのでは??
慣例にすぎないというが、天皇の体調と公平性に配慮するためという理由があってのこと。宮内庁が当初、慣例を理由に拒否したのは当然。拒否しないなら慣例ではない。悪しき慣例ならまだしも、1か月ルールのどこが悪しき慣例だろうか?政治利用ではないと主張するのなら、慣例を破らないよう1か月前迄に申請すればよかっただけのこと。
宮内庁長官が首相を批判したというが、ルール破りに苦言を呈しないで、今後1か月ルールが公然と破られるようになればそちらの方が問題。明文化されてなければ何をやってもいいのか。
小沢が「陛下の体調が優れないなら、優位性の低い行事はお休みになればいい」と言ったというが、それこそ公平性に配慮するために作った慣例に抵触する。憲法が最高法規だから宮内庁の慣例など関係ないなどと、そういう認識で、自分が正しいで政治をやっていれば必ず壁にぶち当たる。民主党の政治の目指すところはいったい何なのかよく分からないが必ず頓挫する。
あと、中国の国家副主席が天皇と会見したことに対して、政治利用などとは誰もいってない。「胡錦濤氏が副主席として来日して会見したのを政治利用というなら」というが、政治利用とは誰も言っていない。
①憲法、法律、政令
②宮内庁
③天皇のエージェント?(官僚)
④天皇陛下の健康問題
⑤中国、朝貢
⑥小沢さんの口調、態度、イメージ
99.9%の日本人はこれらの情報がいっぺんに処理できないのですよ。これはIQ、学歴、幼老以前の問題。
最近では、科学や研究はコストの問題ではないとかいったりする人もいましたし(だったら少なくていいんじゃないの?・・・)、地球温暖化CO2犯人説が暴走してる件もあります。人間はおもしろい。
憲法を始めとする法制が天皇の人権を認めていない現状において、30日ルールが法令でないからということでこれを簡単に時の政府が覆していいものか、疑問に思います。
だいたい我が国の社会は法を順守していては成り立ちません。歪な法体系を整理することなく「業界の慣例」とか「大人の常識」で不法行為を黙認しているのが現状です。
天皇をめぐる法制も例外ではなく、慣例の積み重ねで常識的なラインを維持している、それが慣性の法則に従って運用されるであろうという予見可能性が信用を得ているとは言えないでしょうか。
これが時の内閣の意向で右にも左にも動かせるということになれば、各国の日本に対する態度は露骨な権力指向になるでしょう。
天皇ないし皇室は、時の政治権力とは干渉しあわない宗教的権威だと私は思います。権威が権力を左右することも、その逆も非常に危険だと思います。両者を隔てる知恵が必要なのではないでしょうか。
政治家が政治的事情で皇室に関わることを国民は嫌います。その悪感情を小沢氏が掘り起こしてしまったと感じています。
天皇陛下が習近平との会談を拒否されることはないですよ。宮内庁長官の暴言です。民主党は本気で日本の統治機構をイギリス型に変更するつもりでいるわけで、そのため羽毛田クラスの高級官僚が追いつめられているのでしょう。
問題は自民党です。バカな幹部どもが追いつめられている高級官僚たちとつながっているせいで、「右の社会党」になりかねない状況です。私は、もはやイギリス型統治機構やイギリス型政党政治を受け入れるという前提で再生するしかないと思うのですが、言っても分からないアホが多すぎる!
たしかに法的にも論理的にも、羽毛田長官の言動は完全に
間違っていると思います。役人が内閣の指示や命令に公然と
反論していいわけがない。
羽毛田長官は即刻クビになっても仕方のないのことをしました。
小沢さんが何も発言せず、鳩山首相が厳しく羽毛田長官を
厳しく叱りつけるなり処分するなり、断固とした態度をとって
いれば、こんなこじれなかったと思うんです。
だけどなあ・・・
首相は小沢さんの言いなりで、小沢さんは中国共産党の
首脳部の言いなり(のように一般人には見える)。
それがイヤなんだよなあ。
役人が絶対服従しなければならないのは、国会の決定や内閣の
指示に対してであって、個々の国会議員が役人より偉いわけ
じゃない。あんまり政治家が威張ると、優秀な若者が誰も役人に
なろうとしなくなる。そこんとこを、すべての国会議員は、
よーくわかってほしいと、私は思っています。
陛下に拒否権があればいいと思うのですが。
ただ陛下について超法規的存在ではないというのは、少々難しいと思います。なにしろ日本国籍があるかどうかも疑わしいですし、たぶん日本国民の一員なのかどうか曖昧ですね。今の日本国憲法以前からの存在ですから、十分超法規的存在になりうると思います。
この際ですから、陛下は拒否権を主張されるといいと思いますが、どうもそゆお方ではないようです。法治国家というのもかなり怪しいですね。天皇陛下は国民ではないかもですね。
どの政治家の顔が気にいらないとか、役人が生意気とか、どういう言い方が好ましいとか、それはいろいろあるでしょう。しかし、まず憲法の問題を大事にしませんか。それこそ多くの国民に関わり、無視されたら大変です。各論の前に、憲法ではどう考えるべきか、その一点を見つめてみましょうよ。
1)長官がルールを崩しているのは明らかです。1カ月ルールを外務省に言うのは問題ありません。天皇の公的行為も長官も、内閣の承認によると憲法にあるのですから、役人が決めたルールに内閣が従えという議論が成り立つはずがありません。それは統帥権につながる主張ゆえ、恐ろしいのです。かつ内閣の希望による天皇会見の雰囲気を損ねたのです。天皇にも内閣にも背いており、態度も無礼です。
2)マスコミは小沢さんに気を取られて、変な方向に走って、憲法の問題を無視しましたね。がっかりです。民主主義国にあきれられます。
3)社民党、共産党は公的行為もまた内閣の助言と承認によるという憲法学の通説を見失い、あらぬ学者の意見に飛びつきました。旧左翼がここに退場し、憲法論が小沢さんに支えられることになったのです。ここまで駄目だったかと、あきれます。
池田さんの説は至極まっとうです。ありがとうございました。
天皇陛下は、戸籍も住民票もなく、憲法に規定があるだけだと聞いてますけどね。そのかわり保険もないらしい。つまり日本の法が及ばないのです。超法規的といえばそうかも。
僕の認識では、明治維新のために天皇を政治利用するため京都から引っ張り出してきた。
天皇は歴史的に続いてきた文化だの伝統だの言われても僕にはそれぐらいの存在です。
天皇は神でなく単なる国王ですから人間です。東京においておくこと自体、政治利用だと思うので文句を言う政治家は天皇を京都に戻す努力でもしてろと思います。・・・秦智紀
慣例は過去にも破られています。とくに安倍内閣時代の慣例破りはひどかったと思いますよ。その安倍さんが、何であんなふうになってしまうのか?
とりあえずこの問題、羽毛田なる人物が何も言わなければマスコミも何も言わなかったでしょう。宮内庁長官として本当にダメであると判断したのであれば、受ける前に拒否して辞職しなければならない。受けた後でこのようなことを言うのは、チンピラ官僚のやることです。
憲法のことは分かりませんが、原因は別のところにあると思います。けしからんとしか言いようのない、チンピラ官僚による天皇の政治利用ではないかという気がします。これでは陛下もお気の毒です。
自民党の平井議員のツイッターでしたか、「権力の自制」が自明であるかのごとき発言に「コレはダメかもしれないなぁ」という不安を覚えてしまいました。
もしそうした認識が大勢であるならば、正直日本は変わりようがない、と。
権力はいつだって暴走する魔性を備えているからこそ健全な外部監視、それを掣肘するルールの法制化が不可欠だと思うのですが、どの批判も、そうした観点が抜け落ちている。
「30日ルール」が真に合理的な制度であれば、立法によって内閣の行動を抑制するべきで、そうした立法を怠っていた与野党双方の失態という捉え方も出来るのではないでしょうか?
今回の事件は行為そのものを批判するばかりで、今後それをなくすための立法への着手、という道筋がほとんどないのが残念です。
政権交代で健全な政党間の相互の政策監視という流れができるかと思っていただけに、落胆を禁じえません。
言葉づかいの問題ではないですね
民主党の過去の経緯の中で、国旗を引き裂いて党旗を作るとか、日教組などとの結びつき等から、皇室を含め国に対する適切な敬意や配慮が欠けているのではないかという懸念があった
そんな中で、前立腺ガンを患った高齢の天皇の健康を気遣う立場を、宮内庁としてはとらざるを得ない
民主党の言いなりになっていたのでは、皇室に何をされるか分からない、という危惧もある
たった20分の会見と言うが、その前には膨大な下準備があり、どんな話題が出るかについての対策、何を話すかの用意、緊張感などを必要とする
宮内庁は政府の命令に従うべきだと言うが、もし民主党が無茶なスケジュールを組んで天皇の健康が損なわれる可能性があるとしても、それでも宮内庁は黙って政府に従い天皇の健康を損なってもいいのか?
宮内庁は、けっきょく政府に従った。長官の苦言も、職を賭してのものだっただろう
あと、小沢は、天皇も聞けばきっと会うとおっっしゃったと思う、と勝手に決め付けてるが、こういうコメントを聞くと、あ、やっぱり民主党は、こんな他人の内面を勝手に決め付けるようなことを平気でするんだな、相手が天皇でもこんな失礼なことをするんだな、と思ってしまう
憲法第7条の天皇の国事行為の項目には外国の賓客の接見は入ってないので公的行為となるらしい。そして公的行為にはなんら法律的拘束はない。
だからそもそもが曖昧で慣例的に運用されてきたわけで、今回の件は宮内庁は2度断り中国側も一度は納得したがさらに要求してきたようです。
それに小沢氏がからんでいるのではないか、と疑われ政治利用だとバッシングされているのでしょう。
小沢氏が国事行為だと言ったのは明らかに氏の間違いです。
外国要人との接見は、憲法7条10項の儀式を行うことにあたります。
そもそも、日本国の元首としての謁見であって、ともだちとお茶を飲んでいるのじゃないのだから、内閣の助言と承認がいるのは明らかじゃないのでしょうか。
いくら象徴とはいえ人間ですから、陛下が体調を理由に断られたのを無理押したのなら苦情もでるかもしれません。しかし、現実には陛下が承諾され会見もされています。それを差し置いて、宮内庁や宮内庁の事務官には『公平な外交』をする権利も義務もありません。外交も内閣の責任です(憲法73条)。
コメントを読んでて思うのは、木っ端役人にはなんら意見を言う資格がないというようなことを言われているのが気になります。役人であっても行政府のやり方に自分の意見を述べる権利はあるはずです。
30日ルールは、元々は外務省が間際になって言ってくることが多く、陛下のスケジュール調整に困った宮内庁が言い出して、宮内庁、外務省、内閣の了解のもとで運用してきたものです。その了解したはずのルール破りに宮内庁が文句を言ってはいけないというのはおかしいのではないでしょうか。12月10日に官邸から2度目のお願いがあって、15日に陛下に引見。たった5日。多忙な人だったら、企業の経営者でももうちょっと前に言え、強引すぎると言うかもしれません。
陛下にもスケジュールがあり、東京にいないこともあるし、高齢で体調の問題もあるから、直前に言われても困ると長官が言って、あたりまえだと思います。
私に言わせれば、小沢幹事長がヒステリー気味な「憲法」論議で、異論を圧殺しようとしたことが、問題をさらに大きくしたように思います。陛下のスケジュール調整の問題なのに、あれこれと話が混ざってふくらんで、関係のない方向へ飛んで行ってるんじゃないですかね。
>そんな中で、前立腺ガンを患った高齢の天皇の健康を気遣う立場を、宮内庁としてはとらざるを得ない
医師の和田秀樹さんのブログによると、宮内庁の人々はそんな気遣いをする人たちではないようです。
以下、抜粋引用
2009-12-16 08:58:29
天皇陛下の健康管理
それはおいておいて、宮内庁が陛下ならびに皇族の方の健康を本心から心配しているのかについての疑問を
今回は医者の立場から呈したい。
宮内庁がまじめに天皇陛下の健康管理をしようとする気がないのは、宮内庁病院の人選からしてもわかる。
東大のある医局に丸投げで、名医をスカウトしようという気はさらさらない。陛下の侍医になれるなら、
名医で喜んで立候補する人もいるはずだが、現実には、東大教授をやめたロートルが上にいて、週2、3回の
勤務でいいので、楽だし、研究やバイトができるからという理由で立候補する若い医者が実働部隊になっている。
たとえば、陛下は前立腺がんで東大病院に入院したが、権威主義の医者に手術をされてしまった。
今のトレンドは放射線治療である。そのほうが、男性機能や排尿機能に障害が残らないし、前立腺がんは
進行の遅いがんなので、生命予後も変わらないからだ。
小沢一郎の中国に対する優遇措置や、宮内庁長官に対する暴言は、中国の専横に対する反感を呼びおこし、国民の皇室及び天皇陛下に対する特別な感情を、逆なでしてしまった。この事に尽きる。
私は、この度のこの論争にやや違和感を感ずる者です。物事の妥当性の判断は本来実質的に判断しなければならないはずだが、実質的に妥当であるかどうかの判断が難しく、手間隙がかかる時によく形式基準を設け、形式を満たせば実質的にも妥当性が有るとみなす。このような事務手続きは、行政上よく行われることで、事務コストを削減し、仕事をやりやすくするために設けられることが多い。この度の一ヶ月ル-ルは明らかに形式基準である。本来は、陛下のご健康、ご予定は実質的判断されなければならない。一ヶ月ル-ルを守ったからといって、それだけで陛下のご健康が守られるわけではない。その後陛下のご健康に問題が生ずれば、どんなに重要な国であっても、接見を取りやめなければならない。一ヶ月ル-ルがまったく無意味とは思わないが、これを金科玉条のごとく言うべきものでもない。一ヶ月を多少割り込んでも実質で判断すべきものだ。そのために宮内庁職員がいて、主治医がいるのではないか。この度の、なんとかという長官は、陛下の威光を借りて、自分達のしごとのやりやすさをまもろうとしたものだ。実質的にも陛下のご健康が守れないと思った時にこそ、身を挺してあのような会見をおこなうべきなのだ。憲法論議を持ち出すまでもない。
どうしてもダメなのなら、羽毛田なる人物は陛下にお伝えする役目を拒否して辞職すべきです。陛下が受諾された後にあのようなことを言うのは間違っている。チンピラ役人が、内閣を非難するふりして陛下が受諾されたことを非難しているようにも見える。チンピラ役人のこのようなふるまいは、許されることではありません。
安倍内閣時代に、陛下が深夜に皇居の暗い廊下をおひとりで歩かれたという「事件」がありました。それを聞いたとき、私はゾッとしましたよ。新しい大臣を任命するための国事であるとはいえ、なぜ、宮内庁は阻止しなかったのだと思いました。せめて一日くらい延期できないのかと思いました。
その宮内庁が、今回は、一ヶ月前でないからダメだとか、そういうわけの分からないことを言っている。宮内庁が正常な役所であるとはとても言えない。これでは陛下の心労が増えるだけです。私は、羽毛田なる人物を即刻クビにすべきだと思う。
秦始皇帝側近の趙高が努めたのは、皇帝を人民を初め大臣や官僚にもなるべく接触させないことでした。始皇帝の死後、二世皇帝になると官僚はもとより宰相の李斯すら皇帝に近づけないように画策し、政務の奏上を妨げて国政の情報が耳に入らないようにし、皇帝が宦官たちの言うことだけを信用するようにさせました。

宦官の趙高は、宰相の李斯より身分は遥かに低いのですから、李斯が早めに断固として趙高を除いていたら、二世皇帝も李斯も、後に趙高に殺されることはなかったでしょう。
中国の歴史を見ますと、宦官などの側近は皇帝を守るという口実で人民や政府から隔離し、自分たちの論理で操って宰相や将軍を失脚させた例が無数にあります。このような宦官や側近を「君側の奸」というのです。
趙秋瑾
私は戦前の政治外交史の研究者です。池田先生のブログはいつも刺激的で、とても勉強になっています。
ただ、今回のこの記事に関しては違和感を禁じ得ません。
4のysrobinsさんが指摘しておられるように、1930年のロンドン海軍軍縮会議の際に海軍(の強硬派と野党)が振り回した「統帥権」は、憲法上に規定があり、その意味では超法規的な主張ではありませんでした。
明治憲法は、現在の憲法と違い、行政権に関して大変分権的な憲法ですので(天皇の大権をいくつかの行政機関が独立して行使する:軍部=統帥権、枢密院=条約批准権など)、憲法制定時の趣旨に厳密に則って法解釈を行えば、海軍の(軍令部の)主張に軍配が上がった可能性もあります。
ただ、全く法的根拠のある主張かというとこれも怪しいです。統帥権(軍令)がどの行政機関に属するのか(例えば内閣に属す[国務大臣を長とする]海軍省か、そうでないとされた軍令部か)、憲法上・法律上明確な規定がなかったからです(よく知られているように、内閣自体、憲法には規定がありません)。(続く)
(続き)他方で、明治憲法は同時に自由主義的な内容も含んでいたので、それを拡大解釈して、「憲政の常道」といういわば「慣例」に従って1920年代には政党政治が正統性を持ちつつありました。この正統性を激しく動揺させたのが、統帥権干犯問題だったといえます(もちろんそれだけではありませんが)。
ですから、軍令部の主張に確実な法的根拠があったとまでは言えませんが、「超法規的」と断定することも相当に難しいと思います。むしろ統帥権干犯問題は、欽定憲法である明治憲法が、「軍令の独立」か「憲政の常道」か、どちらの慣行を支持しているのかを、2つの政治勢力が争った事例といえます。
よって、議会に基礎をおく内閣の優位の重要性を主張する証拠として使えないことはありませんが、天皇の政治利用を出来る限り儀礼的なものに限定して、杓子定規に運用することの妥当性を示している「歴史の教訓」と考えることもできます(しかも、どちらの教訓も互いに矛盾するものではありません)。
くわえて、現在の議院内閣制は、当時よりもはるかに強力です。戦前の軍部や内務省に匹敵するお化け官庁も見あたりません。官僚制の弊害はもちろんありますが、率直にいって「牛刀をもって鶏を割く」ではないでしょうか。
>問題の「1ヶ月ルール」なるものは、法律でも政令でもなく、閣議決定さえ行なわれていない。
そもそも、天皇に関する明文規定は憲法と皇室典範しかないでしょ。
厳密な「法治主義」というか条文主義を主張するなら、国事行為以外の公的行為を否定するところから始めるべき。
外国賓客の応接も法律に拠らずに運用されているのだから、1ヶ月ルールをその面から批判するのは如何ですかね。
>このルールは法的拘束力のない慣例にすぎず、首相の指示がそれに違反したからといって、内閣の下部機関である宮内庁が指示を拒否することはできない。
とりあえず文書化はされているようですから、なれ合いのようなただの慣例ではないでしょう。
あと、宮内庁は最終的に首相の指示に従ってますので、「拒否」は行われていないと思います。官庁側にも内閣の行為に意見や提案をするだけの権能はあると考えるのが自然でしょうし。
>首相が天皇の国事行為に「助言」することは、憲法にもとづく行為である。会見が国事行為ではないとしても、宮内庁は治外法権ではなく、天皇も法の支配に服すのだ。
この二文は矛盾していると思います。
憲法の内容が国事行為に関するものであり、今回の会見が「国事行為でない」のなら、内閣の指示が法的根拠を失うので、「法の支配」云々とは無関係に内閣の指示に従う必要性もなくなります。
憲法学によると、国事行為ではない公的行為は「内閣の直接あるいは間接の補佐が必要であり、その責任も内閣は負う」(長谷部『憲法』p88)とのことで、「助言と承認」レベルの強い権限を内閣が握っているのではなさそうです。
なお、コメント欄にあった「儀式」については「天皇自身が主宰するものに限られるものと考えるのが自然」(同)とのこと
天皇陛下がいつ誰と会見するかを実質的に内閣が決めているのであれば、内閣の側が政治利用にならないように調整しなければならないのに、特に理由もなく中国を優先させた挙句、重要でない他の公務を休めばいいなどと言うから批判されている。
助言すること自体が問題視されているのではない。
そもそもなぜ「1ヶ月ルール」を破る必要があったのか。ろくに説明もなく、代わりに出てくるのが「破って何が悪い」「こんなルール誰が決めた」「数十分の会見くらいいじゃん」「前政権だって破ってた」「文句あるなら辞めろ」「羽毛田の方が悪い」「天皇は許すはずだ」などという、万引きか飲酒運転で捕まった奴の言い訳みたいなのばかり。これ見た人は「言えないような理由でわざとやったなこりゃ」と思うだろう。羽毛田氏をいくら批判したところで、「で、小沢も悪いんでしょ」と思われるだけである。
ついでにただの慣例なら破って構わないのであれば、「戦前っぽい報道は控えろルール」も「小沢さんを一斉批判しちゃいけないルール」もこの際特に理由なく破ればいい。前政権の頃もやってたようにやることなすこと叩きまくって構わないし、なぜか小沢氏本人に聞かなくても了承することが分かっているのだから。
小沢発言は左右両方から十字砲火ですね.寧ろ私は,宮内庁長官の会見へのお伺いのニュアンスが肯定的だったのか否定的か,それが知りたいですね.それと後の暴露的な記者会見を合わせれば,彼の資質が推定できます.強い賛否両論をうまくこなすのが身上の政治家と比べて,宮内庁長官には誠実さ,清潔さ、潔さなどの徳目がより求められるし,それでこそ尊敬もされまたその発言には相応の重みが出ます.
>文藝春秋は、菊池寛が戦争協力の先頭に立った栄光ある歴史をもっているが、その反省もないのだろうか。
>こんな当たり前のことを忘れて、・・・といった感情論で小沢氏をたたく翼賛状況は恐い。
A国では資源aはあるがbがなく困窮している.B国では資源bは十分だがaがなくやはり苦しんでいる.何が生じるか.流通つまり経済が生じます.もし経済がなければどうなるか.生き残るために相手国を滅ぼして資源を奪う,つまり血みどろの戦争が生じます.
経済には新自由主義もあるし,パターナリズムに基づく大きい政府もありますが,地球環境を破壊し元も子も失う戦争を否定する点ではいずれも同じです.
池田先生のこの明確な主張に,気持ちのいい潔さを感じました.
もう一度言いますが、私は、羽毛田なる人物を即刻クビにすべきだと思う。安倍内閣時代に、陛下は「国事」で大変なご無理をされていた。そして宮内庁は、陛下が「国事」でご無理をされるのは当然であるかのように振る舞っていた。そんな宮内庁の長官が、「1ヶ月ルール」などという非常識をダシにして、内閣を非難するふりをしながら陛下が習近平との会談をお受けになられたことを非難している。許し難い行為です。
みなさんは、いろんなことをおっしゃってますが、立憲主義の下で天皇制を論じるのであれば、日本国憲法の1条を重視しなければならない。私は、陛下は1条の下で習近平とお会いになられたのだと思う。
一ヶ月ル-ルという慣例も、元は事務手続き上から設けられた基準の用ではあるが、長官が厳格にこれを守ろうとするのは、天皇の政治利用を避けるために、いかなる国内の政治勢力からも中立であろうとするところから、この形式主義を貫こうとしているのものと思う。その意味でこれをまったく無意味とは思わない。しかし、国内の政治勢力とは無関係と思われる、外国の要人からの要請までも、このル-ルを適用する必要があるのか。まったく事務手続き上の形式主義としか思えない。
「第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」

という日本国憲法の条文は、時の内閣が言うとおりに動けということで、天皇の「政治的利用」を明確に認めた条文です。政府が必要とするなら外国の要人と会うのは当然でしょう。(但し私は、習近平は単なるデブのおバカだと思ってます。次の国家主席にならないか、なっても中継ぎだと思います。)
何とかルールとか国事行為の範囲を法律論で考えることには、パズルを解く程度の意味はあるのでしょうが、それ以上じゃありません。
「君側の奸」が皇帝を人民から切り離そうとしていること自体が問題であって、日本の知識人がいま議論すべきことは「君側の奸」をどうやって除くのかという一点にかかっていると思います。
秋
憲法の素人ですが、たぶんこういう条文の体系は第三条よりも第一条の方が重みがあるのではないかと思います。
その第一条を素直に読むと、天皇は(国民統合に象徴という)超法規的存在であり、それは国民の総意の上に成り立っているということかと思います。
ですので、上か下かということになるなら、天皇は国民が選挙を通じて間接的に作った内閣よりも上の存在ということになるかと思います。
しかしながらこの条文は、前半では象徴という俗世よりも上の存在であると規定しつつ、後半では国民という俗世の意見に基づくと規定している矛盾について、三島由紀夫が何かの本で書いていたように思います。
もともとこの憲法はじっくり時間をかけて作られたものでもなく矛盾だらけで、イデオロギー的な理由で今まで修正されることもなく、民主党政権になった以上これからも修正はされないわけですから、あまり憲法を基点にして話をしても生産的な方向に進まないので、しない方がいいのではないかと思います。
「天皇の親善外交は国事行為ではなくて公的行為であるので、内閣の助言と承認は必要なくて、
天皇の意思で行える」という宮内庁岡弘文官房審議官の見解(宮内庁見解)は誤りである。
天安門事件の3年後に世界が経済制裁をしている中、天皇陛下が中国を訪問されました。 もしこの天皇訪中が国際問題になった時に、誰が責任を取るかと言うと、内閣総理大臣が責任を取る事になります。 宮内庁見解だと、内閣総理大臣は助言と承認権限がないにもかかわらず、責任だけ取らされる事になります。
また今回は特例会見を強要したことで問題になりましたが、もし特例会見が実現しなかった時、それを中国が激しく抗議して国際問題になったときも内閣総理大臣が責任をとります。
つまり、公的行為であっても、内閣の助言と承認は必要なのです。 そして天皇の公的行為の責任は、すべて内閣総理大臣が負う事になります。 天皇の健康状態を無視して公務等を強要したした場合の責任も内閣総理大臣にあります。
・・・・・・と考えます。
宮内庁側は内閣の指示に従っているのであり羽毛田氏は辞任の必要はない。承諾してから苦言を呈したのが問題とされているが、意見もするなと法制化されているわけではない。異例なだけ、ただの慣例破りである。
なぜ理由無き慣例破りを正当化している人(しかも閣僚ですらない幹事長)から辞任しろなどと言われなければならないのか。「俺の慣例破りだけは認めろ。他はクビだ」とでも言うのか。そのたかが慣例を破った小沢氏鳩山氏こそ辞任したらどうか。
趙秋瑾さん、「君側の奸」はその通りだと思いますが、しかし日本の天皇は中国の皇帝に相当するような存在ではないですよ。最初に言ったのは商鞅かもしれませんが、王道と覇道の区別は、日本には孟子先生の言葉として伝わっています。そして、中国で実現しなかった王道と覇道の区別が、日本で実現しました。
jnuxcomさん、国民が国民の中の一人を内閣総理大臣に選んでいるわけです。したがって、3条も1条の下で成立していると考えます。ここで問題となるのは宮内庁です。国民は、役人を選んではいないのです。羽毛田なるチンピラ役人は、それをまったく理解していない。小沢さんが怒っているのはそこでしょう。
私は、小沢さんとは別の理由で怒っています。羽毛田なるチンピラ役人は、小泉内閣時代に宮内庁長官になっています。そして、安倍内閣時代に「国事」で陛下を困らせていた。そのような人物が、いけしゃあしゃあと、、、と言いたくなりますよ。
jestemnekoさん、安倍内閣でどんなことが「事件」だったのでしょうか??
jij999さん、ある事件により生じた内閣改造人事により生じた「事件」です。もっとも、私の記憶では、「事件」が二度ありました。こんなことを言うと、「右翼」だと言われてしまうかもしれないけど、私は、「二度も陛下にご無礼を!」と思いましたねw
安倍内閣時代に、内閣の意向に沿って陛下に多大なご負担をおかけしていた羽毛田なるチンピラ役人が、何故今になって「1ヶ月ルール」などと言い出すのだ、だったら安倍内閣時代に「深夜です、陛下は寝ておられます!」と言って突っぱねるくらいのことはやっていろよ、と言いたくなります。私は、以前から「宮内庁長官の人格に問題あり」と思っていたので、これを機会にクビにしてしまえと言いたい。みんなの党の言っていることがすべて正しいとは言いませんが、役人の人事は、やはり政治家が行うようにしないといかんでしょうね。つまりイギリス型に変更しないといかんでしょう。
jestemnekoさん、ありがとうございます。
私はインナーではないのでよくわからないですけど、いろいろあるのですね。まあ、日本の歴史を振り返れば、公家や天皇の周辺があれですからね。秩父宮さま、陸軍、松平宮内大臣・・・
安倍さんの出身地は・・・
Jestemnekoさま、


日本で実現したのは王者と覇者の区別であって、王道と覇道ではありません。王者と覇者がいるのは鎌倉幕府以来、日本の伝統のようなものです。
ところでこの宮内庁の「君側の奸」の名前はなんて読むんでしょうか?「はげた」さん
中国語で「羽毛球」っていうとバドミントンのことなんですが・・・
この「宦官」に関する点では全く同意見ですが、皇室を政府や人民から切り離そうとする企みはいつの世でも大変に危険なことです。昔の中国で言えば「三族誅滅」に相当します。つまり父方、母方、妻方の全員を殺す罰ということですが、今の日本ではできないでしょうから、この宦官の息のかかった宮内庁の人全員を馘首すべきでしょう。
秋
jij999さん、羽毛田なるチンピラ役人は山口県出身だったと思います。長州藩は、後の官軍になる前に、京都御所に大砲を打ち込んだりもした。羽毛田なるチンピラ役人には、そのよいうな悪しき長州の血が流れている気がしないでもないですね。
だからと言って、山口県出身の政治家や役人がそうだとは思いません。安倍さんは、羽毛田のそのような悪しき部分を見抜けなかったのだと思う。安倍内閣は味方が少なかったのですよ。つまらない人物でも、味方だと思い、安易に「国事」を依頼していたように思います。官邸全体に軽さがありました。その自覚のなさが、参院選での惨敗につながったのかもしれません。
趙秋瑾さん、日本の歴史をよく勉強しておられますね。たしかに、日本の歴史には鎌倉時代に大きな切断があります。封建主義がはじまり、儒教も仏教も新しくなる。新しい儒教や仏教が封建主義を正当化し、伝道したとも言えるでしょう。中国から朱子学が入りますが、一方で、孟子の思想が強くなる。鎌倉幕府には、王者と覇者を区別する孟子の思想が必要だったのです。しかし、それは今も続いている。私は、もはや日本の文化であると考えます。
それと、読みは「はけた」のようですけど、私は「ハゲダ」と呼んでいますw
いつ誰がどんな権限で作ったものでも「ルールが存在する」以上尊重すべきものでしょう。不都合ならば事態が切迫する前に修正するべきです。
それをせずに「政治的都合」のみで押し切るのは「皇室に対する越権行為」と言うより「ルールを尊重する意識を持っているか否か」の問題でしょう。
そして、現政権・与党はその意識を持ち合わせていない。
国民との約束も国際公約もこんな調子で反故にするつもりなんじゃありませんか。
筋を通さずに要求を無理矢理呑ませるのは憲政下の政治家の行動として許されるのでしょうか?
宮内庁長官は「自らことの可否について発言することを禁じられている天皇の代理」として発言したに過ぎないのではありませんか。
陛下の肉声によって政治的な影響が生じることは厳に慎むべきことですから、誰かが声を挙げるとしたら宮内庁長官以外にないでしょう。
小沢氏以下現政権の関係者はことの悪影響に盲目的過ぎるのではありませんか。
彼らは「現人神としての天皇」を利用したのではなく「現憲法下での天皇の役割」を踏み躙ったのです。
憲法裁判所が審理をしたら現政権は「違憲行為を行った」と認定されるのではありませんか?