菅直人氏と竹中平蔵氏の論争が話題を呼んでいる。これが日本の国家戦略の出発点になるだけに重要な意味をもつが、議論がさっぱり噛み合っていない。

そのひとつの原因は、竹中氏のプレゼンテーションにある。彼は「経済成長を決めるのは供給側だ」として、民営化や規制改革によって経済の効率を高めるべきだと説くのだが、菅氏がこれに「今の不況は需要不足だ」と反撃し、竹中氏が「需要も大事だ」と答えたため、わけがわからなくなった。竹中氏は潜在成長率というべきところを、わかりやすく「供給側」といったのだろうが、それが問題を混乱させてしまった。

経済問題の原因を「需要か供給か」と問うのは意味がない。「不況は需要不足だから供給を増やす構造改革はナンセンス」などという話がよくあるが、不況はつねに現象的には需要不足である。問題は、その原因が何かということだ。金融引き締めが原因なら、金利を下げれば解決するが、20年近くにわたる長期停滞の原因は、そういうマネタリーなものとは考えられない。需要の上限は供給(潜在成長率)で決まるので、その上限を引き上げない限り、需要の絶対的な不足は解決しない。

さらに混乱するのが、菅氏の「第三の道」だ。第一の道はバラマキ公共事業で、第二の道は小泉・竹中改革で、両方とも失敗したというのが彼の評価らしいが、それはまぁいいとしよう。第三の道というのは、彼の説明によれば
第三の道ということで今、この間の経済政策とか雇用政策で常に打ち出しているのは、雇用が新しい需要を生む。例えば介護などは雇用が増えることでイコール、サービスを増やすことになる。あるいは同じ費用でも1兆円で1兆円しか効果がないというのが今の経済財政の官僚のみなさんの計算なんですが、おかしいではないかと。1兆円でやっぱり11兆円ぐらい生み出すような知恵があるはずだ。
というのだが、これはほとんど理解不能である。「1兆円で11兆円生み出す」というのは、供給力を高めることに他ならない(竹中氏もそれを指摘している)。それを需要とか供給とかいうから混乱するので、成長戦略とは長期的な潜在成長率を高めることしかない。これは需要と供給の一致するGDPの自然水準を高めることで、需要側でも供給側でもない。

つまり問題は「需要か供給か」ではなく短期か長期かなのである。短期的な需要不足を埋める政策は、一時的な応急措置としては必要だが、それは景気対策であって成長戦略ではない。政府が需要不足をすべて埋めることはできないし、かりにできるとしても、その上限である潜在成長率は、最近の日銀の調査では0.5%まで低下している。それを引き上げる規制改革を行なわないで、菅氏のいうような雇用対策に税金をばらまいても、財政赤字を積み上げるだけである。