きのうの慶応のシンポジウムの3回目のテーマは「NTT再々編」。最初はいささか気が重かった。私は1985年にNTTが民営化されるとき「巨大企業への転進」というNHK特集を担当し、半年ぐらいNTTに出入りしていたので、「NTT問題」とはそれ以来20年以上のつきあいだが、こういう非生産的な政治問題に大きなエネルギーを費やしてきたことが、日本の通信業界をだめにした大きな原因だからである。

しかし始まってみると、出席者の意見は意外に似ていて、「もうこういう不毛な論争は卒業しよう」という点は一致していた。かといって、これは総務省の正副大臣がいうように、NTTを現状のまま放置することを意味しない。NTTに政府が出資して特殊会社として規制する変則的な経営形態をやめ、完全民営化するには、それなりの制度設計が必要だ。それが情報通信法だったはずだが、最近は来年の国会に出すという話が消えたようだ。

「日本版FCC」のときも議論したように、組織いじりから入ると問題を見誤る。NTTの経営形態なんて手段にすぎない。本質的な問題は、日本の通信業界がこのままでいいのかということだ。世間ではNTTが勝ち組だと思っているのかもしれないが、グローバルに見ると、NTTを含めた日本の通信キャリア全体が負け組だ。特にひどいのは携帯で、端末もサービスもまったく国際競争力がなく、最大の成長市場である中国からもベンダーがすべて撤退した。

これは日本の成長戦略を考える上で、深刻な問題である。コモディタイズした製品は中国など新興国には勝てないので、日本は付加価値の低い製造業から撤退して、中国と競合しないサービス業にシフトするしかない。その中でも金融・医療と並んで付加価値が高いのはITだが、日本のコンピュータ産業はすでに世界市場では壊滅状態だ。通信機器も、アジアではノキア、モトローラとファーウェイ(華為)が競っており、日本のキャリアもベンダーも、ひもつきODAがなくなったら終わりだ。

この根っこにあるのが、NTTファミリーに代表される系列下請け構造だ。いま問題になっている次世代スパコンに象徴されるように、日本のITゼネコンは、客を特注のソフトウェアで囲い込んで「シャブ漬け」にするビジネスがおいしすぎて、シャブ以外の商品が作れなくなってしまった。NTTの最大の問題は経営形態でもインフラでもなく、電話時代のままのレガシー産業構造がイノベーションを阻害していることなのである。

さらに不毛なNTT論争が問題を複雑にした。かつてはNTTも政府に「再々編論争」をいどむ気概があったが、最近は事業会社が実質的に一体化し、悩みの種だった県間通信も事実上OKになったので、「寝た子は起こさない」のが持株会社の方針だ。これはNTTにとっては合理的な経営方針だが、レガシー構造が残ったままでは日本の通信業界全体が沈没するおそれが強い。

つまり根本問題は、日本経済がこれから何で食っていくのかという成長戦略の欠如なのだ。「ではどうすればいいのか」という質問もあったが、残念ながらこれにも簡単な答はない。ただ3回のシンポジウムで収穫だったのは、問題の所在についての認識が出席者の間で意外なほど一致していたことだ。インターネットの引き起こした激しい変化の波は、否応なく全産業を飲み込む。20年前と同じ議論を繰り返して立ち止まっている者は、世界から置き去りにされるしかない。その危機感を少しでも多くの人々が共有することが、解決の道をさぐる第一歩だろう。