先日の記事で勝間和代氏のリフレ提言(?)にコメントしたら、すごい反響があった。誤解をまねくといけないので補足しておくと、私は勝間氏の本は立ち読みしかしたことがないので、中身はよく知らない。前に彼女の本についてブログで書いたら、本人がコメント欄に登場し、私に会いたいということで話をしたが、「私の本は中身じゃなくてマーケティングなんです」とのことだった。
そういうわけで私は彼女の著作について語る資格はないのだが、たまたまきょう発売の『VOICE』に斎藤環氏の「“勝間和代ブーム”のナゼ?」というエッセイが出ていた。私がおもしろいと思ったのは、斎藤氏の次のような分析だ:
この二つの動きを駆動している心理は何だろうか。私は、ニーチェのルサンチマンという概念が似合うと思う。これは社会的弱者が抱く恨みや劣等感のような屈折した感情で、それが社会への攻撃に向かうと共産主義のような運動になり、内側に向かうとキリスト教のような宗教になる。乱暴にいうと、キリスト教は貧しい人々のルサンチマンに偽りの救済を売り込む史上最大の自己啓発運動だ、というのが晩年のニーチェの主張だ。キリスト教の与える「人生の意味」は偽りだから、その神学をつきつめると「人生に意味はない」というニヒリズムにたどりつかざるをえない。
・・・というニーチェの予言は現実のものとなりつつあるが、こういう自覚をもつのは、実は一部の知識層だけだ。大部分の民衆は、2000年前のキリスト教徒と同じように「貧しい者も努力すれば救われる」と信じて、何かにすがろうとするので、「生き方」本は同じようなことを書いても売れ続け、自己啓発セミナーや新宗教は次々に出てくる。
ジャーナリストや編集者が自分たちと同じレベルの読者を想定しがちなのに対して、あえて「私は池田さんのブログの読者より下の層をねらってるんです」と割り切って大衆に訴える彼女の戦略は、ビジネスとしては見事なものだが、そこから社会変革は出てこない。それはワイドショーと同じく「新自由主義はけしからん」みたいなルサンチマンに訴えて欲求不満を解消するマーケティングでしかないからだ。
そういうわけで私は彼女の著作について語る資格はないのだが、たまたまきょう発売の『VOICE』に斎藤環氏の「“勝間和代ブーム”のナゼ?」というエッセイが出ていた。私がおもしろいと思ったのは、斎藤氏の次のような分析だ:
なるほど勝間氏自身は、自己変革に成功して、その「パーソナル資産」を「社会変革」に向けられる立場に到達しえたのかもしれない。しかし著書を読むかぎり、勝間氏の影響力は、圧倒的に「自己啓発」に比重が置かれている。[・・・]だから「カツマー」たちのほとんどは、自己啓発のほうに夢中で、社会的な問題意識ははっきりいって乏しい。私は経験的に確信しているが、「インセンティブ」としての「自己啓発」と「社会変革」とは、ふつうはまず両立しない。勝間氏の「社会変革」についての提言が、デフレ論をはじめとしてトンチンカンなのは、彼女の得意分野が「自己啓発」だからなのだ。後者の分野では、彼女は現代の日本でほとんど並ぶもののないエクスパートだが、斎藤氏も指摘するように、社会変革と自己啓発は逆のベクトルをもつ心の動きである。前者は社会の現状を変えようとする外向きの動きだが、後者は現状を所与として「がんばれば報われる」と考える内向きの動きである。
この二つの動きを駆動している心理は何だろうか。私は、ニーチェのルサンチマンという概念が似合うと思う。これは社会的弱者が抱く恨みや劣等感のような屈折した感情で、それが社会への攻撃に向かうと共産主義のような運動になり、内側に向かうとキリスト教のような宗教になる。乱暴にいうと、キリスト教は貧しい人々のルサンチマンに偽りの救済を売り込む史上最大の自己啓発運動だ、というのが晩年のニーチェの主張だ。キリスト教の与える「人生の意味」は偽りだから、その神学をつきつめると「人生に意味はない」というニヒリズムにたどりつかざるをえない。
・・・というニーチェの予言は現実のものとなりつつあるが、こういう自覚をもつのは、実は一部の知識層だけだ。大部分の民衆は、2000年前のキリスト教徒と同じように「貧しい者も努力すれば救われる」と信じて、何かにすがろうとするので、「生き方」本は同じようなことを書いても売れ続け、自己啓発セミナーや新宗教は次々に出てくる。
ジャーナリストや編集者が自分たちと同じレベルの読者を想定しがちなのに対して、あえて「私は池田さんのブログの読者より下の層をねらってるんです」と割り切って大衆に訴える彼女の戦略は、ビジネスとしては見事なものだが、そこから社会変革は出てこない。それはワイドショーと同じく「新自由主義はけしからん」みたいなルサンチマンに訴えて欲求不満を解消するマーケティングでしかないからだ。




池田信夫『もし小泉進次郎がフリードマンの「資本主義と自由」を読んだら』
田原総一朗『生存への契約 誰がエネルギーを制するか』
池田信夫『イノベーションとは何か』
田原総一朗『日本の官僚 文部省・建設省・厚生省・郵政省編』
西和彦『ベンチャーの父 大川功』
3・11後 日本経済はこうなる!
古典で読み解く現代経済
日本経済「余命3年」:財政危機をどう乗り越えるか
新・電波利権
宗教を生みだす本能
福田恆存 思想の〈かたち〉
中国化する日本
Thinking, Fast and Slow
Debt: The First 5,000 Years
Atomic Awakening
Power to Save the World
ジョーンズ マクロ経済学
放射能と理性
気候変動とエネルギー問題
ゲーム理論による社会科学の統合
エネルギー論争の盲点
Rational Choice
丸山眞男――理念への信
デカルトの誤り
Energy Myths and Realities
Civilization: The West and the Rest
The Enlightened Economy
Violence and Social Orders
コメント一覧
池田先生&斉藤氏、お見事です。
スッキリしました。
勝間氏は構造的に「社会変革」を語れない。
という訳ですね。
私自身がいつも「自己啓発本」に対して
抱いている「違和感」も理解できました。
(「自己啓発本は嫌いじゃないですが。。)
私は自己啓発より社会変革のほうが上だといっているわけではありません。リフレなんて下らない社会変革より、彼女が多くの信者の心を救うことができれば、それは立派なこと。教祖が信者をバカにしているのは、よくあることです。宗教というのは一種の詐欺だから。
勝間氏が自己啓発のプロとして社会変革のほうへも取組を広げていらっしゃるようですが、一方で池田先生はアカデミック・ジャーナリスチックな情報の発信に加え、起業セミナーなど開催されていますがどちらかいうと社会変革的なのでしょうか?
宗教(神)も共産主義も西洋の思想ですけど、日本人だとこの二項だけで話片付きますか?おおむね大丈夫でしょうけど。
ことについての問題を香山リカ先生が指摘していますね。多くのカツマーが自分への投資の見返りが雀の涙だと気付いて絶望する日も近いことでしょう。
本論とあまり関係ない話ですが、
詐欺の一種が多くの信者の心を救うっていうのは深いですね。
しかしそれにしても、「マーケティング」や「自己啓発」のために「国家戦略室」にいい加減な経済政策を吹き込まれたら国民はたまったものではありませんね(苦笑)。
>だから「カツマー」たちのほとんどは、自己啓発のほうに夢中で、社会的な問題意識ははっきりいって乏しい。
>社会変革と自己啓発は逆のベクトルをもつ心の動きである。
う~ん。池田さんは男性だから「何かする」発想ベースで、勝間さんは女性だから「もっと自分がきちんとする」発想ベースになるのでは。たとえば「お金が足りない」というルサンチマンの解消も、男性なら「もっと稼ぐぞ」と発奮するけど、女性は「もっと節約するぞ」と本気になる。それは性差からくる志向です。カツマーは大半が女性だし。しかし個人的には勝間さんタイプよりも、香山リカ氏のような、脱力系の提言をする人のほうが共感できますね。
「通貨過剰供給」教典-
池田さんのtwitterで矢野浩一氏との経過を見たのですが、私も「(矢野氏が)沈黙する」(=池田さんの逃げに相当)と見ましたが、案の定そうなったようです。
現在の日本の不況下って、上記マクロ問題だけでは解決できないのが分かり切っているはずなのに、自称リフレ(笑)派は「通貨ジャバジャバ」の一辺倒(くらい)しか、解決策が見いだせないんですかね。
あと、(リフレ派に)何か共通項があるとすれば、ネットイナゴが多いとされる「hatena」に多いのも気のせいでしょうか?
私も勝間氏の著書を一度も読んだことがないので感じていたことかもしれませんが、
伝え聞く情報から、氏の個性に多少注目していた部分もありました。
>「私は池田さんのブログの読者より下の層をねらってるんです」
と勝間氏が池田先生にやはり直接言ったということでしょうか?
それを確認して勝間氏については完全に終わりにしたいと思います。
経済評論家(中央大学ビジネススクール客員教授)勝間和代氏が、菅氏に、「まず、デフレを止めよう」と自己啓発を仕掛けてたというわけですか? 経済評論家が政治家に自己啓発させようなんて、納得いかないです。「まず、デフレを止めよう」というのは本気で言ってたんじゃないでしょうか。
なるほど。テレビで勝間氏のしゃべり方をみていて、人気者なのに話がつまらないと感じたのは内にベクトルが向いてたからなのですね。
カツマーの方々には、外向きに見えるのでしょう。
勝間ブームが早く終焉を迎えるといいですね。
勝間和代についていく人たちが最近痛いと感じてしょうがない。中でもカツマーと呼ばれる直参のような方々。僕たち私たち成功へ向けてまっしぐらですみたいな・・・。勝間さんの言われたことはすべて実践しておられるそうです。何か疲れませんかね。僕の周りにはそうした人種はいないので新鮮ですが。
>「インセンティブ」としての「自己啓発」と「社会変革」とは、ふつうはまず両立しない。
自己啓発はひとつ間違えれば地に足着いてない痛い人になります。そういう危うさをこのブログを読む人などは感じているのではないでしょうか。
自己責任論者と社会変革論者との対立にもこのバイアスはかかっていると見ることができますね。この両者は共存し得ない。いや自身の中に共存しえた人こそ本当に知性ある人なのかもしれない。
いやはやルサンチマンを例に論じるとは誠にお見事であります。妙に納得しました。勝間氏が売り込んだ国家戦略室もルサンチマンをターゲットにせよという訳ですね。(笑)
ただ、雇用問題については、池田先生と勝間女史で見解がほぼ一致しているようなので、今回の件を契機に、デフレ脱却に向けた労働市場改革の推進力が醸されてくることを望みます。
あるとき勝間さんにインタビューした方が、勝間さんは山○浩生さんの一連のお仕事を尊敬してると言っていたとのこと。国家戦略室のプレゼンは、その受け売りかな??
ニーチェのニヒリズムは、凡百の「人生に意味は無い」などではなく、「無い人生の意味は自分が創る」です。また、ニーチェとキリスト教の関係も微妙で、イエスにすがる通俗キリスト教はルサンチマンにすぎないが、イエス本人の教えは強いニヒリズムの先駆者と見なされています。乱暴な言い方で、カツマの経済論と同水準のトンチンカンにならないように御用心を。
>勝間氏の「社会変革」についての提言が、デフレ論をはじめとしてトンチンカンなのは、彼女の得意分野が「自己啓発」だからなのだ。
私もそう思いました。(と一昨日の記事にコメントしようと思ったら、既に本記事化されていた・・・)
しかし、もしそうだとすると、自己啓発は逆のベクトルであるはずの社会変革の方へ勝間氏がなぜ向かうのか、不思議と言えば不思議ではあります。
それはまた、彼女の読者たちにも言えることで、自己啓発の方向のベクトルを強く持つであろう彼らが社会変革の方向へと目を向けるのだろうかという疑問は出てきますね。 だとしたら、この方向のマーケティング戦略はミスマッチかな?
(続き)
もう一つ私が疑問に思うのは、彼女自身がルサンチマンを抱くようなタイプの人間には見えない点です。まあ、これは私の勝手な思い込みかも知れませんが、彼女自身は弱者でも敗者でもないと思いますので、そもそもそういう感情を抱く立場にいるわけではなさそうです。そういう人が「ルサンチマン・マーケティング」ができるのだろうかとも思います。そういうのが得意なのは挫折経験のあるエリートのような気がします。彼女の場合は、意図せぬ面で自分のマーケティング対象のツボに偶々はまってしまったマーケティング戦略の成功例なのかも知れません。
もしそうだとすると、たまたまマッチングがうまくいっているわけで、ずれが表面化してくるのも時間の問題なのかも知れません。 (ひょっとしたら、香山リカ氏の本が売れているのはその現れなのかな?)
>tae01515
>多くのカツマーが自分への投資の見返りが雀の涙だと気付いて絶望する日も近いことでしょう。
いや絶望なんかしないと思いますよ。彼らはとっくの昔に絶望してますから。その絶望から目を背けるために勝間教祖のすがりついたわけですから、見返りが少なければ自分の努力が足りなかったと思うか、教祖の新たなお言葉に納得するだけです。
香山先生みたいな人は教祖にマジギレするかもしれませんがほとんどいないでしょw
菅直人クラスの政治家が勝間さんの提言を採用することはないです。また、管さんは市民運動家から政治家になったわけで、地味な活動家の意見を尊重するでしょう。管さんは勝間さんのようなタイプを嫌うと思います。ただ、民主党のベテランや中堅には風力依存型政治家が多いので、そういう人たちが勝間さんを持ち上げることはあるでしょうw
ようは何を信じるかです。政治家にとって哲学や文学は大事です。ニーチェの「ツァラツストラ」とシェークスピアの「マクベス」が必読書だ、みたいな話を聞かされたことがありますが、勝間さんがそのレベルの知性だとはとても思えないw
勝間さんの議論の中身も問題ですが、「その分野の人」でもないのにタレント的な名声をもとにして副総理に会うことができてしまい、我流のプレゼン資料を振り回す(あるいはそういうことが許されてしまっている)現状も問題です。彼女は「会計士試験必勝法」、「転職」とか「子育て」にはある程度実績があるのだから、その範囲でがんばってほしいです。「門外漢がでしゃばるな」とまでは言いませんが、金融政策に限らず世の中には黙々と、その道で汗を流している人がいるので、他人のサマリーを寄せ集めたような「にわかじたて」で本丸に切り込んだりすること自体、おこがましいです。彼女が本当に「政治にしか責任が取れない」ような施策を言うなら責任ある議員になり、一兵卒から始めて議会で実現するべきです。また言論で世の中動かそう、クリティークたろうとするなら、変に権力に近寄らずにアウトサイダーに徹するべきですね。今のままならば、仮にデフレ議論が菅さんに受容されなくても、「国家戦略室に乗り込んだ勝間さん」「副総理と対決した勝間さん」「マクロ政策にも詳しい勝間さん」という勲章を取りに行っているだけと思われてもしかたないと思います。
さっきの書き込みに付け加えますが、私は勝間さんは好きな事を思う存分やっているだけだと思いますよ。それが偶々ある層の読者たちのツボにはまっただけでしょう。自己啓発と言っても、要するにIT活用などによる仕事の効率化の面での啓発ですからね。それが人生の救いになるわけではないし、単に「私こんな風にやったらうまくいったわよ。参考にしてもらえると嬉しいわ。」という話ですから。 まあ、日本のホワイトカラーの仕事の効率アップに貢献すれば結構なことですし、こういうことに過剰な期待をしてしまう人がいるとしても、それは当人の勝手に過ぎませんから。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478006431/?tag=wwwgeocitjpuw-22
「起きていることは全て正しい」と著作でおっしゃってます。
まさに現状を肯定するところから自己啓発をスタートされているわけですね。
当方ニーチェ研究者ですが、sumioka_t氏の
>ニーチェのニヒリズムは、凡百の「人生に意味は無い」などではなく「無い人生の意味は自分が創る」です。
は正しくないです。それはÜbermenschという概念でしょう。
池田氏はニヒリズムのことを言っているので、ニヒリズムの適用の仕方は間違ってないです。
sumioka_t氏のような、ニーチェを概説書で体系的に捉えたと思っているようにしか私には思えない人間が池田氏を攻撃しているので、苛々して投稿しました。池田氏のニーチェ観は時々拝見しますが、的を得たニーチェ観だと私は思います。
アフォリズムです。
二重に痛々しい-彼のような人間は二重に痛々しい。コメントででしゃばるその虚栄心によって。
そして、その虚栄心由来の行動が明るみに出す無知によって。
ひょっとして勝間さんは政治家になりたいのですかね。くだらないから止めたほうがいいと思うけど、どうしても政治家になりたいのなら、アドバイスをひとつしておきます。
「ツァラツストラ」と「マクベス」を読破しなさい。必読書です。どちらもむずかしい本なので、解説書もたくさん読んだほうがいいでしょう。解説書なしで読破できる教養があるとは、とても思えませんからw
勝間さんは、結構なルサンチマンがあると思いますよ。
いわゆる本業の公認会計士としては、他の会計士が認めるような(監査、会計、税務での)経歴ではありませんから。
職場も転々としていて、なかなか長期間勤めてこれだという実績を上げていないようですし。
本来、経験をつみ基礎を作る一番大事なスタートの見習いの時期に、妊娠し、監査法人を辞めてしまっていますし、シングルマザーでいろいろ苦労されたのだと思います。離婚も経験されているようですしね。本がヒットするまでは、どっちかというと流浪の会計士資格保有者という感じで、成功者ではなかったでしょう。
文字の大きさが変えられないのがつらいです!
行間?文字数?ページの配置?のせいかどうかわからないですけど、前のブログの時より文章が読みづらくなった気がします。
フォントについては、私も老眼にはきついので大きくしたいのですが、当ブログはライブドアがシステム設定をしているので、CSSで変えられないのです。この点についてはライブドア側に要請しているので、もう少しお待ちください。
フォントサイズはFireFoxなら自由に変えられますよ。
f_nietzsche氏みずから評価していただけるとは光栄です。20世紀はよくも悪くもマルクスの時代だったけど、21世紀はニーチェの「来るべき200年」の後半になるような気がします。
ニヒリズムは、ニーチェの時代には彼ひとりの思想だったけど、20世紀後半にはインテリの常識となり、21世紀には先進国の大衆の常識になるでしょう。そのとき今の知識層と大衆のギャップが、先進国=衰退国と新興国の対立となって顕在化すると、もう一度あの戦争の歴史が繰り返される可能性は排除できない。まぁそのとき私はこの世にいないからいいけど・・
このブログでは、フォントをCSSで10ptに固定しているので変えられません。この設定を変えれば拡大できるんだけど、そうするとレイアウトが乱れる。今でも禁則が変ですよね。まだベータ版ということで、今後改善します。
実は、勝間氏のTwitter/ハッシュタグで批判的な意見を書くと、ご本人から直接メッセージが届くんですよ。「みんなで議論していきましょう」みたいな。しかもTwitterですから、あの「ニコッ」とした写真が横についている。
受け取って2秒くらい「え?本人から?恐縮だな」と思ったけど、その3秒後には「なるほどねぇ」という納得。群れというか大衆の取り扱いが実にうまい。ファンに転向する人もいるでしょう。
Google-Twitter-IT駆使する新しいタイプの21世紀の活動家 と思いました。(何が専門の活動家か私には不明) 以上、体験記。
「自己啓発」と(弱者救済的な)「社会変革」は根っこは同じだと思います。「努力すれば誰でも報われる」というニセの希望を売り歩くという意味で。ただ、前者がその要因を本人に求めるのに対して、後者は「努力しても報われないとすれば社会が悪い」と外に求めるのが違いです。
ヒトラーもスターリンも、チャべスも金正日も弱者救済のために立ち上がった大衆のヒーローです。つまり、戦争や殺戮や貧困と言ったあらゆる人為的災難はルサンチマン救済キャンペーンの結果であり、弱者自身の恨みや劣等感が生み出した自業自得だと言う事をいい加減学習して欲しいですね。
だけど、こう言う事を公言する人は決してメジャーにはなれないんですよね。マスメディアに登場するような社会的影響力がある人は、絶対に身も蓋もない事実を言わない。ビジネスもそう。モノもサービスもニセの希望を如何に売りつけるかが利益率を上げる秘訣です。そういう意味では、宗教が究極のビジネスです。
みんな言わないから言うけど、勝間さんが成功したのは、彼女が美人だからだと思うよ。同じ学歴、同じ能力、同じ文章を書いていても、あれがブスだったら、絶対に誰も相手にしていないと思う。勝間さんに限らないけど、「社会的に成功した女性」「勝ち組の女性」ってほとんどが美人だと思いません?同じ実力なら、絶対に美人の方が有利なんだよね。ブスはブスだっていうだけでハンディ―がある。会計士時代の彼女の到達点が、一般に思われているのとはかなり違うらしいことはネットにも書かれているし。本を書いて世に出てきたというのなら、「目を引く美人であった」という1点が非常に大きい。
もうひとつ思うのは、あのハッシュタグで熱くなっている人たちって、本業はどうなってるんだろうかってこと。関心を持つことは素晴らしいことだし、政府を監視しつづけることは必要。でも、にわか仕込みで勉強して論戦に参戦したって、経済学者になれるわけではないのだから。
勝間氏は今こそ「みんなの意見はわかった。この話は打ち止めにして、このエネルギーは自己啓発に使って!」と言うべきじゃないか。それこそ、勝間氏の天から授かった役割。10年後、「勝間Twitterに熱中せずにあん時、勉強しとけばよかった」という中年を量産したんじゃ、それこそ「潜在成長率(ふふ)」が下がっちまう。
ルサンチマンとか・・皆、深く考え過ぎw
そこまで考えてない。自分のやりたいことをやってるだけ。
デフレはイケナイ → 何とかしなくちゃ → 自分のポジションなら提言出来る!
↑それを愚直に実行しているだけであって、ルサンチマン云々言われても「はぁ?」って感じでは?
どっちかと言うと、彼女に足りないのは"恥"の感覚なのでは?
フォントが確かに小さすぎますが、私はブラウザーにFirefoxを使っていてCtrl、+で文字を好きなだけ拡大できるのでそれほど困ってません。
早く不便を解消してもらいたい、と思う人はライブドアが口元まで食事を運んでくれるのを待つより自己解決してしまったほうがストレスが少ないと思います。
CSSでフォントサイズをpx指定してあっても、ブラウザの機能(Ctrl++キー)で拡大できますよ(カラムを含め全体が)。IEやChromeでも出来ますね。
もっとも、そういうCSS設定はマナーとしては好ましくないですね。ユーザーCSSで上書きできるような気もしますが、試しにCSSの中身を見るとあまりにもゴチャゴチャしているので、検証する気が失せました。
勝間さんは「対案を出さなければ批判も聞かない」とか「自説の正しさ自体を証明したいとは思わない」とか予防線張ってますが、ペラ数枚の紙や思いつきで対案の出ない金融政策などにおいて、一般企業向けの戦略コンサルタントが使うような話術で批判封じをしても意味がありません。対案が無いなら彼女の施策を試しにやってみる、などという命題がなりたつわけもない。池田先生や池尾先生がいろいろ書かれてるわけですが、他の専門家の方も含めて床屋政談が国家の中心に入りこまないよう声を挙げる必要があります。悩ましいのは、彼女の影響力上、反論せざるを得ないものの、そうすると「議論を巻き起こせてよかった」としてまた勝間さんの手柄として既成事実化されてしまうことです。彼女にとってはメディアや権威、ネットに注目させることがマーケティングだから。彼女は変に背伸びせずに少子化なり教育なり自己啓発なりで(著書の部数以外の)目に見える成果出してから名乗りを上げても遅くないと思います。そちらでは経験やセンスがあるのだから。
おそらく勝間さんは設定した目標を達成することに最大の価値を置くタイプで、知識はそのための道具に過ぎないと考えているのではないでしょうか。だから著作などを読んでみても成功するために必要そうなことだけをつまみ食いしてる感じで深みがないです。
私は経済学に関しては素人なので事情は良く分からないのですが、そもそも経済学の博士号を持っているわけでもない人が経済評論家として経済政策を政府に提言できるというのはいったいどういうことなのでしょうか。サイエンスの分野だったらありえないことだと思うのですが。
勝間さんのブログからの引用ですが
>>そして、うれしいことに、今回の提言を契機に、デフレ脱却が必要だという議論が、ネットを始めとする各メディア盛り上がってきました。
そうではなくて、勝間さんが「国家戦略室への提言」した内容がおかしいですって話でしょう。論点をすりかえるのが上手な方なんですね。
>>実は、今回の提言は、マクロ経済学における標準的、主流の議論に乗っ取った政策提言であり、マクロ経済学者のレビューをいただいた上で、提案しています。
って直ぐに他人のせいにする。因みに「マクロ経済学における標準的、主流の議論」って本当なんですか?
まあ、突っ込みどころ満載で、気分が悪くなること請け合いですが、勇気のある方は読んでみて下さい。
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/2009/11/post-50dd.html
>どっちかと言うと、彼女に足りないのは"恥"の感覚なのでは?
それだ!
>文字の大きさが変えられないのがつらいです!
既に Firefox や GoogleChrome の話が出ていますが、
その他にも Safari や Opera でも表示サイズは簡単に変更できます。