理論的にも実証的にも否定され、学問的には終わった(というか日本以外では元々なかった)「リフレ論争」が、カツマーなどの間で今ごろ盛り上がっているようだ。民主党も日銀も相手にしていないので、リフレ政策がとられる可能性はないが、過去にさんざん議論された話がツイッターで蒸し返されているのをみると気の毒になってくるので、ブログ記事へのリンクで簡単にまとめておく。
  • Q1. デフレはよくないのではないか?

  • A1. デフレもインフレもよくない。どちらも起こらないように金融調節することが中央銀行の役割だが、物価はグローバルな要因でも決まるので、中央銀行が100%コントロールすることはできない。ここ1年でFRBのバランスシートは3倍以上になったが、インフレは起こらなかった。

  • Q2. 日銀はいくらでも紙幣を印刷できるのだから、インフレにできるのでは?

  • A2. ゼロ金利状態では貨幣需要が飽和しているので、中央銀行がマネタリーベースを増やしても銀行の貸し出しが増えず、市中に流通するマネーストックは増えない。素人の議論は、この二つの概念を混同しているものが多い。次の図は「金融日記」から借りたもの(マネーサプライは最近ではマネーストックと呼ぶ)。


  • Q3. 日銀がインフレ目標を設定すれば、インフレが起こるのでは?

  • A3. 日銀はすでに物価安定の理解として0~2%という目標を設定しているが、それを目標にすることと実現できることは別。たとえば「経済成長目標」を10%に設定すれば実現できるなら、誰も苦労しないだろう。

  • Q3. 日銀が「4%のインフレを15年間続ける」と宣言すればインフレが起こるのでは?

  • A4. この話はクルーグマンも撤回した。前述のようにゼロ金利状況では日銀がインフレにする手段をもっていないので、インフレを宣言しても信じる人はいない。

  • Q5. あらゆる資産を日銀が無限に買えば、インフレが起こるのでは?

  • A5. そういう「非伝統的金融政策」は日銀も試みたが、効果は限定的だった。長短すべての金利がゼロになるまで日銀が債券を買いまくることは論理的には可能だが、日銀の信認が失われ、金融調節が不能になるリスクが大きい。ただし意図的に通貨の信認を毀損するジンバブエのような政策をとれば、ハイパーインフレは起こるだろう。

  • Q6. インフレが起こっても、中央銀行がコントロールできるのでは?

  • Q6. 歴史的な経験では、ハイパーインフレが起こったときは中央銀行が信用されていないので、通貨の発行を止めても資産逃避が続いてインフレは収束せず、新しい通貨を発行して収拾した例が多い。現代の日本では金融市場が発達しているので、ジンバブエよりはるかに急速に国債が暴落して買い手がなくなり、財政が破綻するだろう。

  • Q7. 欧米の中央銀行は通貨供給を大幅に増やしたのに、日銀はほとんど増やしていないのでは?

  • A7. 欧米で通貨供給が増えたのは、銀行の資金繰り支援や資本注入などのプルーデンス政策。邦銀の危機は幸いそれほど大きくなかったので、日銀の通貨供給はそれほど増えなかった。

  • Q8. かつて量的緩和とドル買い介入によって日本経済が不況を脱出したのでは?

  • A8. 日銀も一時、「時間軸政策」などによってリフレ的な政策をとったが、その金融緩和としての効果は限定的だった。白川総裁は、その効果は主として銀行の収益を支えて不良債権の最終処理を支援したことだったと総括している。

  • Q9. 政府紙幣を発行すれば、財政赤字を増やさないでインフレが起こせるのでは?

  • A9. それは国債の日銀引き受けと同じく無意味。財政にもフリーランチはない。

  • Q10. なんらかの方法で「マイナス金利」を実現することはできないか?

  • A10. 現行法では不可能だが、深尾光洋氏のいうように、現金に課税するなどの方法をとれば不可能ではない。しかし事務経費が莫大で資産の海外逃避を引き起こし、政治的には実現不可能だろう。

  • Q11. 今の日本は需要不足だから、供給を増やす構造改革よりGDPギャップを埋めるリフレのほうが重要では?

  • Q11. 需要不足とは何を基準にしているのか。長期的に維持可能な自然水準に比べて需要が足りない場合は金融政策で調節できるが、自然水準そのものを金融政策で引き上げることはできない、というのが最近の経済学(および中央銀行)の理解。この自然率の概念を知らないでIS-LMみたいな古い理論を振り回す学生が多いことが、ウェブ上の議論の混乱の原因だ。
・・・ということで、マクロ経済学が専門でもない私の解説はこれぐらいにして、あとは池尾先生の講義を聞いてください。

追記:イングランド銀行がインフレ目標を設定した「成功例」を見習えとかいっている人がいるらしいが、今年第3四半期のイギリスのマネーストックは1.7%下がった。