北一輝――国家と進化 (再発見 日本の哲学)現代が1930年代に似ているとすれば、経済危機のあとに来るのは、保護主義とファシズム、そして戦争だろう。「保護主義の覚醒」を説く経済官僚がすでに出現し、リフレで経済問題を一挙に解決すると主張する「青年将校」も、「希望は戦争」と公言するフリーターも出てきた。

こうした動きが30年代のころのような破局に結びつくとは思えないが、危機を「一挙に解決」したいという願望は、不況が長期化するにつれて強まるだろう。その元祖が、1936年の二・二六事件の首謀者とされた北一輝である。彼の伝記的な記述については以前の記事でも書いたので繰り返さないが、本書は彼の思想を同時代の思想家と比較している。

明治憲法の最大の欠陥は、主権者である天皇に実質的な意思決定ができないため、権力の空白ができ、それをいろいろな非公式の権力が埋める構造になっていたことだ。これが「元老支配」などの不透明な二重権力を生み、高額納税者だけで構成された議会が貧しい農民(今でいうワーキングプア)をかえりみないという怒りが、農村出身の兵士たちには強かった。彼らが、いわば革命政権のリーダーと仰いだのが北だったのである。

こうしたクーデタは、北の本来の思想とは一致しない戦略だった。初期の『国体論及び純正社会主義』では、穂積八束などの主張する天皇の人格と国家を一体化させる「国体論」を批判し、天皇機関説に近い国民主権の社会主義を構想していた北が、なぜ「皇道派」青年将校の超国家主義の指導者になったのかというのは大きな謎だが、本書はそれに一つの答を出している。

それはスペンサーなどの影響を受けた「社会進化論」である。これはダーウィンの進化論を社会に適用し、優勝劣敗によって社会が「進化」し、優秀な人類だけが残るという思想で、19世紀後半には世界的に流行した。北はこれを独特に解釈し、人類を「神類」に進化させることによってすべての社会問題が解決すると考えたのだ。これは当時としてはそれほど突飛な思想ではなく、初期のマルクスも資本主義のもとで疎外されている労働者が「類的存在」になる運動として共産主義革命を構想した。

しかしこのような権力を奪取する戦略を欠いたユートピアニズムは挫折する。マルクスの場合は共産党という党派を組織したのだが、北の場合はその組織が青年将校だった。北がどこまで積極的にクーデタを指導したかは疑問だが、結果として彼らの行動を是認し、最終的には彼自身が国家の指導者になる計画を描いていた、というのが本書の見立てだ。つまり天皇という空虚な中心を自分で埋めることによって、北は日本を一挙に国家社会主義に変えようとしたのである。

もちろんこの試みは失敗し、北は処刑されたのだが、ここには古来、日本の歴史で繰り返し出てくる天皇制というブラックホールの問題が象徴的にあらわれている。現在の民主党政権も、小沢一郎氏が説明責任を負わないで非公式の権力を握る元老のような存在となりつつある。近代日本で実質的な権力を握ってきたのは、北のいう「君側の奸」である官僚だが、彼らを倒す試みはつねに失敗してきた。みずから元老をいただく民主党が、この二重権力の伝統を変えられるかどうかは疑問である。