現代の二都物語 なぜシリコンバレーは復活し、 ボストン・ルート128は沈んだか関志雄氏によれば、日本でよくいう「中国が世界を制覇する」という話と「中国はまもなく崩壊する」という話は、どっちも正しく、どっちも間違っている。中国経済は、めざましく成長する?鎮企業(ベンチャー)と、腐敗して政府の保護で生き延びている国有企業の双軌制(二重構造)になっており、中国が成功したのは古い企業を改革したからではなく、新しい企業を育てたからだ。 逆にいうと、日本が失敗した原因はゾンビ企業が成仏しないことではなく、新しいベンチャーが出てこないことだ。そのために必要なのは政府の「育成策」ではなく、中国のように香港をモデルにして「改革・開放」を進めることだ。とはいえ、起業は非常にリスクの高い賭けである。資金や人材を調達し、失敗したらやり直せる社会的インフラがないと、いくら役所が「資本金1円」にしても、絶対安全な人生を保証されている大企業や役所のエリートは、そういうリスクを取ろうとしない。 本書の原著は1994年に出版され、日本では大前研一訳で出ていたが旧版の抄訳で、ながく絶版になっていた。それが新訳で注や文献や索引も含めて出たことは喜ばしい。本書は、今でも読む価値があるからだ。 シリコンバレーは、世間で思われているような金の亡者の集まる「市場原理主義」の社会ではなく、むしろ好きなことを仕事にしようと集まってくる夢想家たちのオープンなムラ社会である。ビジネスは資本の論理というより個人的な信頼関係で決まり、会社を辞めて他に移ることが日常的なので肩書きには意味がなく、個人の評判で資金も情報も集まる。こうした非公式のネットワークが、ハイリスクの事業を可能にするのだ。 他方、ボストンのルート128は、その中心だったDECの垂直統合構造をモデルにしたピラミッド型のコミュニティが形成され、企業を辞めた社員は「裏切り者」として二度と他の会社には就職できなかった。それはミニコンのような垂直統合テクノロジーには適合していたが、DECの没落とともに「城下町」全体が没落した。日本企業の運命をこれに重ねることは容易だろう。 この意味でシリコンバレーは特殊なコミュニティで、その"regional advantage"(原題)が起業の成功する最大の要因だ、というのが本書の分析だ。これは最近の言葉でいえば社会的資本(social capital)で、移植するのは簡単ではない。経済学は金銭的資本についてはくわしく分析しているが、社会的資本についてはほとんど何もわかっていない。ゲーム理論の言葉でいえば、それはシリコンバレーとルート128のような複数均衡から望ましい状態を選ぶ、認知的な均衡選択の装置として機能しているのではなかろうか。