Businessweekの選ぶ世界の優良企業40社の第1位に、グーグルやアップルを押えて任天堂が選ばれた。ユニクロは過去最高益を更新し、世界展開をめざしている。この4つの企業に共通しているのは、所有と経営の分離していないオーナー企業だということだ。

所有と経営の分離はバーリ=ミーンズによって資本主義の新しい形態とされ、バーナムは経営者資本主義によって企業は計画経済の長所を取り入れることができると主張した。しかし所有と経営が分離すると、Jensen-Mecklingの指摘したエイジェンシー問題が発生する。これを克服するために欧米では資本の所有権と命令でコントロールする垂直統合型の巨大企業が発達したが、これは命令される従業員のインセンティブを弱める。それを監視する階層構造が多重化する・・・という悪循環によって「大企業病」に陥る企業が増え、欧米型の垂直統合企業は1970年代以降、没落した。

これに対して日本型の経営者資本主義は、従業員を会社に一生閉じ込めて長期的関係でコントロールすることによってエイジェンシー問題を解決した。そこでは企業を所有する株主の役割は最小化され、銀行による計画的な資金供給とサラリーマン経営者の「労働者自主管理」によって、資本主義の強欲を抑制した「人本主義」の経営が行なわれる――と賞賛する経営学者がもてはやされた。

日本企業の強さは、20世紀なかばの知識集約的な製造業の特殊な分業構造に依存していた。系列関係は中間財の補完性(資産特殊性)によって互いを長期的関係にロックインすることで維持されているので、自動車のような補完的な商品ではいまだに日本企業は強い。しかし要素技術がモジュール化して中間財にグローバルな市場が成立すると部品の補完性がなくなり、日本企業の繰り返しゲーム型メカニズムは機能しなくなる。

他方、このような水平分業が発達すると、エイジェンシー問題の原因となっていた情報の非対称性は削減され、たとえばスティーブ・ジョブズがiPodの隅々までデザインすることが可能になった。任天堂の山内溥氏はコンピュータ技術は何も知らないが、「遊び」については誰よりもよく知っていた。彼がファミコンを最初に売り出すとき、1万4800円という低価格を出せたのは、350万台を採算分岐点としたからだ。カルタ屋の新商品としては超ハイリスクの計画で、銀行は反対したが、彼は「これでつぶれたらしょうがない」といって押し切った。

かといって資本主義が19世紀型の個人商店に戻るわけではない。Hart-Holmstromも論じているように、所有権の本質は情報のコントロールであり、契約の不完備性を情報技術で補えるようになると、資本家のスコープを広げることが可能になる。またムーアの法則によって設備投資コストが劇的に低下したので、巨大企業の優位性を保証していたインフラ投資は、逆にハンディキャップになってきた。大手メディアが没落しているのは、この変化を認識していないからだ。

だから21世紀型の企業には、意思決定はオーナーが単独で行ない、失敗したらすぐ撤退して出直すユニクロ型の経営が適している。資本市場が発達すれば「再チャレンジ」も容易になるので、倒産のコストも小さくなる。企業に生存権はないのだから、どんどんつぶれて再生すればいいのだ。それを無理に延命するモラトリアム法は、日本経済全体を殺すだろう。