ソニーは日本の代表的なグローバル企業だが、最近はグローバル化の失敗例として引き合いに出されるほうが多い。他方、ソニーに代わってアジアの電機メーカーの雄になったのはサムスン電子だ。本書は両社を比較し、その失敗と成功の要因を分析したものだ。

ソニーの最大の失敗は、大賀典雄社長の後継者に出井伸之氏を選んだことである。彼は大賀氏が「消去法で選んだ」と口をすべらしたように、取締役の中でも末席で、ソニー本流の技術系でもなく、とりたてて実績があったわけでもなかった。創業者のようなカリスマ性がない点を補うため、彼はカンパニー制にして各部門の独立性を高め、委員会設置会社にして取締役会が"active investor"として巨大化した組織を統治しようとした。

結果的には、これが失敗の原因だった。各期のボトムラインだけを見て資産を組み替える持株会社のような分権型システムは、企業が成熟して開発投資が少なく、オペレーションの効率性だけが重要な産業(食品・流通など)には適しているが、ソニーのような研究開発型の企業には向いていない。カンパニー制でEVAのような財務指標を基準にして事業を評価すると、各部門の利己的なインセンティブが強まり、短期的リターンを上げるために長期的な研究開発をおろそかにする傾向が生じる。EVAを上げるにはレガシー事業を延命して設備投資を節約することが有利になるので、収益を上げていたテレビやVTRなどのアナログ事業が延命される結果になった。

致命的なのは、技術的にはアップルよりはるかに先行していた音楽配信システムで失敗したことだ。要素技術は別々のカンパニーがもっていたが、それを統括するリーダーが不在だったため、バラバラに何種類ものシステムをつくり、子会社のレコード部門が著作権保護にこだわってMP3をサポートしなかった。このようにハードウェアとコンテンツとプラットフォームが連携しなければできない補完性の強いビジネスでは、集権的な組織のほうがいいのだが、800以上の子会社を抱えて水ぶくれした組織と求心力の弱い経営陣では、整合的な戦略がとれなかった。出井氏はこの問題を理解できず、「著作権の保護が弱いから音楽配信ができない」などと政府に苦情をいっていた。

サムスン電子の成功の原因は、ソニーの逆である。ここではユン・ジョンヨン副会長の「独裁的」なリーダーシップによって、メモリや液晶など少数のコア部門に資源を集中してソニーを上回る資本を投入し、コスト削減によって国際競争を勝ち抜く方針がとられた。技術力はソニーに及ばなかったが、彼らはそれを資本の集中と過酷な長時間労働でカバーし、素子の分野では世界最大の企業に成長した。その後は携帯電話やDVDレコーダーなどの完成品に進出しているが、この分野ではそれほど成功していない。

ソニーにいる友人の言葉によれば、ソニーの実態は今でも義理人情で動く「コテコテの日本企業」だという。その日本的な品質の高さがアメリカ的イノベーションと結びついたところにソニーの強みがあったのだが、出井氏はEVAとか「収穫逓増」などのバズワードに弱く、アメリカ型経営を直輸入すればグローバル企業になれると思い込んで、会社を壊してしまった。ソニーは、世界各国に拠点は置いているがグローバル戦略のない日本企業の象徴だ。