鳩山氏のNYT論文は、予想どおりアメリカの専門家に酷評されている。
オバマ政権は、(鳩山氏の)論文にある反グローバリゼーション、反アメリカ主義を相手にしないだろう。それだけでなく、この論文は、米政府内の日本担当者が『日本を対アジア政策の中心に据える』といい続けるのを難しくするし、G7の首脳も誰一人として、彼の極端な論理に同意しないだろう。
中国が最大の対米輸出国になった時代に、グローバリゼーションを否定して「東アジア共同体」なるものを提唱する発想は信じられない。これもどうせ政権についたら修正するリップサービスだろうが、鳩山家に代々受け継がれている「反米のDNA」もあるのかもしれない。

鳩山一郎はハト派ではなく、自民党の「右派」の源流の一つである。岸信介ほど過激な国家社会主義者ではなかったが、ロンドン海軍軍縮条約を「統帥権干犯」だと攻撃し、これがのちにGHQにとがめられて公職を追放された。戦後も、吉田茂が引退したあと「対米自立」をめざして安保条約や憲法を改正しようとしたが、果たせなかった。鳩山由紀夫氏は、こうした祖父以来のナショナリズムを継承しているのだろう。

親米(欧)か反米(親アジア)かというのは、明治以来、日本の国家戦略の大きなわかれめだったが、戦前には前者は少数派だった。福沢諭吉の「脱亜入欧」はアジア蔑視として批判を浴び、北一輝や石原莞爾などの国家社会主義者は中国との連帯をめざした。それが満州国や中国侵略に拡大し、最後は対米戦争という自殺行為にゆきついた。

思想的にも、「近代の超克」などの議論は、鳩山氏の「グローバリズム批判」よりはるかにレベルが高かった。社会を原子的個人に分解する近代化が伝統的社会に亀裂を生み、人々の精神的荒廃をもたらしているという批判は文明論としては正しいが、日本がそれに代わって発見したと称する「大東亜」の価値観は、単なる軍事的プロパガンダに成り下がった。

現在の地政学的な状況をみても、東アジアがEUのような共同体になれる条件はない。第1に中国や北朝鮮という社会主義国を含み、政治的な合意が不可能だ。第2に国家の共同体とは基本的に軍事同盟であり、日本と中国が共同の敵と闘う事態は考えられない(中国が敵になる可能性はあるが)。第3に経済発展のレベルや賃金水準が違いすぎ、完全な自由貿易圏にして(EUのように)移動の自由を保障したら、中国から数億人の移民が日本に押し寄せるだろう。

しいて共通点をあげれば、漢字文化圏で地理的に近いことぐらいだろう。しかし渡辺利夫氏も指摘するように、これは錯覚である。日本と欧米のほうが日本と中国よりはるかに文化的共通点が多く、政府が反日感情を国民に植え付けてきた中韓と「和解」するのは容易ではない。海を介した海洋国家同盟においては日米同盟も日中同盟も大した違いはなく、サイバースペースでは地理的な距離そのものに意味がない。

要するに、東アジアで共同体を構築できる客観的条件はないし、それは望ましくもないのである。それよりFTAやEPAで個別に自由化を進めるのが現実的だ。もっとも日米FTAに農協がツッコミを入れたぐらいで腰砕けになる民主党が、東アジア自由貿易圏のリーダーになれるはずもないので、アメリカ政府が心配するには及ばないが。